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書・焼き物・油絵・・・時代を超えた“尾張ゆかりの芸術”が集結する『静かに 傾く』開催

小野道風、瀬戸焼、荻須高徳〜唐獅子図でつながる強さと愛〜

2023年9月24日に愛知県芸術劇場で、「静かに 傾く(かたむく)」が開催される。同公演は、平安時代の能書・小野道風、安土桃山時代の施釉陶器(せゆうとうき)・黄瀬戸茶碗(きせとちゃわん)、大正・昭和期の洋画家・荻須高徳という“尾張が生んだ芸術”を集め、語りと映像と演奏で紐解く対話ショー。

愛知県春日井市で生まれたとされる小野道風、美濃の瀬戸系の陶窯(とうよう)で焼かれた黄瀬戸茶碗や、愛知県瀬戸市を中心に作られる瀬戸焼、愛知県稲沢市出身の洋画家で、パリ市長から「最もフランス的な日本人」と称された荻須高徳。この「静かに 傾く」では、東海エリアにゆかりのある芸術が時代を超えて集結する。

むすめかぶきの市川阿朱花、柴川菜月、歌舞伎俳優の六代目市川新蔵ら演劇人のほか、瀬戸市の窯元5代目の陶芸家・寺田鉄平氏、九谷焼の名工の家に生まれ、瀬戸で学び世界的に活躍する陶芸家・中村康平氏、荻須高徳の親戚で香道師の荻須昭大氏らが語り手となる。

また古筆・書文化研究者の名児耶昭氏が講演、野村美術館館長の谷晃氏が、陶芸家中村康平氏と対談。そのつながりを人間国宝の尺八演奏家・野村峰山が尺八楽曲「竹籟五章(ちくらいごしょう)」の演奏で、現実世界と魔物の世界を行き来させてくれる。

この事業の企画者、甲南女子大学講師市川櫻香さんに見どころを聞いた。櫻香さんは、「名古屋むすめ歌舞伎」を立ち上げた伝統芸能者。12代目市川團十郎より市川姓を許され実演家でありつつ「伝統文化をつなぐ事業」を企画している。

市川櫻香さん

 

主な出演者

――種類の違う芸術を集めた公演というのでしょうか、何か新しい感じがします、どのような内容になりますか。

市川櫻香さん(以下「櫻香」)「昭和的に言うと、“トークショー”です。いろいろなお話があったり、時折、歌や小さなお芝居があったり。いろいろなものが混ざり合って、楽しみながら学ぶことができる場を希望しています。『傾く』には、『かたむく』と『かぶく』の二つの読み方があります。『かぶく』は歌舞伎の語源でもあるように、人と異なることをする。『かたむく』は、角度を変えて見てみる。この催しの読み方は『かたむく』ですが、裏名称は『かぶく』。『かぶくとかたむく』、それぞれが交じり合うところに生まれる表現をご鑑賞いただきます」
                 

――ステージではどのような演出を。

櫻香「芸術劇場のホールの正面、大きくスクリーンいっぱいに作品を映します。平安時代の道風その時代の文字、日本陶磁の伝統の姿、高徳の絵画。時代も超えて、書、焼き物、油絵と種類も超えて、“作り手のエネルギー”が訴えてくる演出にしようと思っています」

――映像とともに語りが入るのですか。

櫻香「映像で作品を流しながら、市川新蔵さんなど、役者がそれぞれ朗読をします。(チラシには)『語り手』と書いていますが、芝居のような形になっています。朗読の内容は、史実、文献を参考にやわらかくまとめて、役者が語ります。その後に、それぞれの分野の当代一の研究者の先生によるご講演と対談があります。(朗読は)調べあげてきた先生たちのお話につなぐ役割ともなります」

 

今昔物語や親戚たちの聞き覚えから触れる芸術

 

演目

――今回はそれぞれの部を「はじまり」「方法I 清々と」「方法II 閑寂と変化」「方法III 郷愁と求新」に分けています。内容を教えてください。

櫻香「まず、『はじまり』では、愛知県の古代について語ります。道風の生まれた地域とされる春日井市には、平安時代の窯跡の遺跡があります。そこでは、道風たちの時代のいわゆる“官僚”が使った、陶器でできた硯がたくさん出てきています。誰もが使える硯でなく、位の高い人が使う硯を焼いていたのです。私も初めて知りましたが、当時は各地に朝廷が任じた国司がいました。愛知北部のあたりも国司が統治していたので国司に従って、都からさまざまな人がやって来ていたと考えてもいい。道風のご先祖が愛知にきていたとしても不思議ではないですよね」

――道風については、「方法I」でも解説されます。

櫻香「『今昔物語』の巻二十四第一話を朗読しながら進めます。この巻二十四第一話では、当時の人々が、霊や変わった人、見慣れない人に出会うことを、『いいことがおこる兆し』と喜んでいると書かれています。見えないものに対して恐怖ととらえず、現実とは違った部分を受け入れているのです」

むすめかぶきの市川阿朱花さん、柴川菜月さん

――見えないものや空想的な世界を身近にとらえているのですね。

櫻香「同じ平安時代の書道家の藤原行成の書物では、彼がすでに亡くなっている道風に憧れすぎるあまり、道風が夢に出てきたときのことを書いています。『会ったこともないのに道風が夢に出てきた! これは、僕にもっとがんばれと言ってるんだ』と。想像的なものと現実が全く別物ではなく、想像的なものが現実の中に染みこんでいる時代。そういう時代こそ、芸術に対して深く追求していく力が生まれていると思います。今昔物語や行成の書物を見ていると、平安時代というのはそういう面がとても強くあったのだろうなと思います。それが、(現代の)私達の中にも下敷きとしてあると思い、もう一度考えてみるキッカケになればと思いました」

――今昔物語巻二十四巻は、「本朝付世俗(芸能譚)」と呼ばれていますが、この巻を選ばれたのは平安時代の世俗や芸能が伝わるからでしょうか。

櫻香「まさにそうです。書道家も芸能なのです。単純に書がうまいだけでなく、想像的、空想的な部分をふまえて、あの時代に書を書く能力で新しいものを創造している。道風は、中国から渡って来た文字を書き写してまねていくところから、日本独自の書を作ろうとしました。日本独自の書の大成者。道風だけでなく、平安末期全体が、新しいものへ挑戦していく気運があったのだろうなと。巻二十四というのは、そういった(想像や空想的な)ものが多く書かれているので、選びました」

――「方法II」の瀬戸については。

櫻香「テーマは『閑寂と変化』です。茶碗の研究者でもある谷晃先生と九谷焼の名工のもとに生まれた中村康平さんが対談し、瀬戸の陶芸家の寺田鉄平さんが朗読します。中村さんは瀬戸で18年修行された後に現代作家としてオブジェの作品で人気を得てニューヨークで活躍され、瀬戸生まれの寺田さんは祖父、父の後ろ姿をまねながら窯元を守ってきました。『瀬戸で表現してきた人、瀬戸で修行をして新しい造形を作った人』。この2人がどちらも陶芸家として生き、それぞれの生き方をされる。それをこの場で、ある意味の“共演”をたくみました。まさに、どう『閑寂と変化』をされておられるか。『かたむく』と『かぶく』の二語も、実は対局しているようでひとつのもの。この『閑寂と変化』も、『かたむく』と『かぶく』という意味合いがあります」

――「方法III」では、荻須高徳の親戚で香道師の昭大さんが出演されます。

櫻香「『荻須家について聞き覚え』として、高徳画伯についてお話していただきます。高徳氏は“パリの日本人”と称されるほどあまりにも有名になり過ぎたため、実は存在が遠すぎて親戚でも付き合いはそんなになかったそうです。私たちが知らないどころか、親戚の中でも遠くなっている存在。昭大さんは親戚中に話を聞いてまわられ、お母さまのお話を思い出して語ってくださいます。実は私の教室に、昭大さんのお孫さんで中学1年生の男の子がお稽古に通っています。当日は彼もおじいちゃんのお手伝いをしながら話を聞いてもらいます」

――おじいちゃんの舞台で共演されるのですね。

櫻香「彼自身も、『親戚の荻須高徳さんがどういう人か』を知りたかったみたいです。『自分』というものの身近な系譜を知ることは大事です。どなたも亡くなってしまったらもう聞くことができない。伝統芸能者は特にそのことと身近にしています。師匠や先輩に対して、『あの方に早く聞いておかなきゃ』と芸を習っていきます。そういう視点で、伝統芸能ではなくても、『生きていることが、つないでいくこと』だと感じてほしいですし、観賞されたお子さんが『うちへ帰ったら自分のルーツをおじいちゃんに聞いてみよう』と思ってもらえたらうれしいです」

――チラシには安土桃山時代に描かれた狩野永徳の「唐獅子図屏風」が掲載されています。

櫻香「戦国の世に描かれたこの獅子からは、『強くなければ、たくましくなければ、ひとつのことを貫きとおすことができない』という勢いと、またその対極になる、親獅子が子獅子を優しく見つめる『愛情』を感じます。道風も焼き物も油絵も同じです、ひとつのことを貫き通していくのは、容易くありません。秀でて、抜きんでていったとしても、そこには『こころ』の問題がある。新しいことに取り組むのは孤独なことですから」

――それぞれ共通する部分があると。

櫻香「道風だって、新しい日本独自の書について夢中にならなくても、それなりの地位にいらした。それでも追求したというのは、試練の向こうに自分の希望する日本があり、現状には満足していない。変えていきたいと思ったからかもしれない。『まねる』ところから先へ行くというのは、相当な覚悟が必要です。しかし、覚悟などは実は挑戦者にとり、たいしたことではないのです―登山家が山を目指すように。陶芸家も同じで、陶芸に対する愛を持って試練に打ち込む。荻須高徳氏もパリへ飛び出し、当時は大変だったと思います。壁の画が有名ですが、お金も食べ物もない当時、壁を来る日も来る日もじーっと見ていたそうです。でも、試練を試練と思っていないだろうし、絵や芸術に対して愛情で貫いている」

――それぞれの芸術家に覚悟と試練と愛があるのですね。

櫻香「この唐獅子図は、その強きものを求める志向が強ければ強いだけ、優しきものへの志向が強まること表して見えます。優しさが人間の最も原初的な志向であることは、この企画の『方法I、 II、 III』 を通して最も大切な土台です。苦闘を愛さずにはおられない、そこに技がつき心がついてくる。また、心が技を行き来する。苦悩を越えていく強さが、精神的な志向へむかう。それは更に新しい力が生まれることにつながっていきます。獅子とは桃山の精神であり、芸道者の精神でもあります」

――来場者にメッセージを。

櫻香「“新しい芸術芸能のひととき”です。当代一の道を歩まれている先生方と、油絵も書も陶芸も、また西洋、東洋、時代と、わけないで『ひとつにつながれば、違いは越えられる』と、ご参加いただいた方が感じて頂くことで、これから皆さまと“つながって越えられる時代”になりますよう。引き続き宜しくお願いいたします」

『静かに 傾く』チラシ表面『静かに 傾く』チラシ裏面

 

【公演概要】
「静かに 傾く」(しずかに かたむく)
◆日時:2023年9月24日(日) 開場12:30、開演13:30、終演予定16:30
◆演目
 ・はじまり
   [朗読] 愛知県の古代  語り手 市川 阿朱花(むすめかぶき)
 ・方法Ⅰ 清々と
   [朗読] 今昔物語 巻二十四 第一話  語り手 柴川 菜月(むすめかぶき)
   [講演] 道風の臨書から革新 – 和様の大成者 – 講師 名児 耶明(古筆・書文化研究者)
 ・方法Ⅱ 閑寂と変化
   [朗読] 瀬戸  語り手 寺田鉄平(陶芸家)
   [対話] 谷晃(芸術学博士) / 中村康平(陶芸家)
 ・方法Ⅲ 郷愁と求新
   [朗読] 荻須高徳の言葉  語り手 6代目 市川新蔵(歌舞伎役者)
   [お話] 荻須家について聞きおぼえ  語り手 荻須昭大(香道伝道・研究者)
 ・音楽
   
人間国宝 野村峰山(作曲者・尺八演奏家(都山流))
   曲目『竹籟五章』作曲 諸井誠
◆会場:愛知県芸術劇場 小ホール(愛知芸術文化センター 地下1階)
◆チケット:A席 3,000円、B席 2,000円、学生(中・高・大学生) 1,000円
◆チケットお求め
 ・カンフェティ(セブンイレブン引き換え)
  カンフェティで購入  電話受付 0120-240-540(受付時間 平日 10:00-18:00)
 ・芸文プレイガイド
  〒461-8525 愛知県名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター 地下2階
  TEL 052-972-0430
  営業時間 平日10:00-19:00 / 土日祝 10:00-18:00 月曜定休
 ・栄プレチケ92
  TEL 052-953-0777
◆主催・お問い合わせ先
 日本の伝統文化をつなぐ実行委員会
 住所:〒460-0012 名古屋市中区千代田3-10-3
 電話:052-323-4499  FAX:052-323-4575

 

著者:コティマム(ライター)
 2児の母。元テレビ局の芸能記者。東京のマスコミ業界で
 10年以上働く。現在は在宅のフリーライターとして、
 育児と両立できる「新しい働き方」を模索中。
 在宅やフリーランスの働き方について、
 Amebaブログでつづっています。
 Amebaブログ「2児ワーママのカオスな日常」:https://cotymagazine.com/