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東海最前線

オリジナル彫刻アート「シャインカービング」で新市場を開拓した老舗彫刻刀メーカー(岐阜県 関市)

【ここが最前線】伝統技術をもとに、新発想の輝くアートで新たな市場を開拓

岐阜県関市はドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並ぶ、
”世界三大刃物産地”の一つに数えられる町。
包丁やナイフ、ハサミなどさまざまな刃物が生産されていますが、
彫刻刀というニッチな刃物も生産されています。

同市旭ケ丘にある「義春刃物」は、学童向け彫刻刀の製造で
年間60万セット(300万本)を販売する、
国内トップシェアを誇る老舗刃物メーカー。

同社の6代目を継承する田中淳也さんは、数年前に彫刻刀を使った
「シャインカービング」というオリジナルアートを開発。
「株式会社シャインカービングアカデミー」を立ち上げて、
アカデミー長に就任しました。

彫る対象を木から転換し、木では表せない色彩豊かで
ステンドグラスのような輝きを放つ作品を生み出すことに成功。
現在その制作の輪は全国に広がりつつあり、
新たな「シャインカーバー」と呼ばれる彫刻刀ユーザーたちが誕生しています。

「株式会社シャインカービングアカデミー」アカデミー長の田中淳也さん。早稲田大学卒業後、アメリカに留学。東京に戻ってファンドマネージャー、その後、中国で物流の仕事に携わり、家業を継ぐために10年前に関市にUターン。「義春刃物」内にある同アカデミーのスタジオにて撮影。ここからライブ配信も行う

 

 

義春刃物は京都で創業して130年余 彫刻刀の分野で国内トップシェアに

「義春刃物」の発祥地は京都。長年鍛冶を生業としてきましたが、
昭和7年(1932年)、刃物の町・関市内に工場を移転し、
昭和34年(1959年)に現在地で法人組織化しました。

田中さん「義春は屋号です。昔は宮大工用の刃物もつくっていました。」

彫刻刀に特化した生産を行うようになったのは戦時中のこと。
当時鋼(はがね)は武器の材料として使われたため、刃物の原材料が不足。
ところが学校の教材製作用には優先的に材料を支給してもらうことができたようで、
彫刻刀の分野に乗り出していったといいます。
少ない原材料で刃物を作るには、彫刻刀が最適でした。

田中さん「弊社の長年にわたる品質重視の姿勢が認めていただけて、
     彫刻刀の分野では国内トップシェアを占めるようになりました。
     彫刻刀は弊社の売り上げの3割を占め、ほかには切り出しナイフと
     呼ばれる小型の刃物やハサミ、キッチン用品なども製造しています。」

 

少子化のリスクが新事業立ち上げの契機に

田中さん「学校用教材は景気に左右されることなく、
     売上は常に安定しています。
     弊社にとって、それが強みでもあり、弱みでもあるのです。」

それはいったいどういうことなのでしょうか。
現在、関市の刃物は海外向けの輸出が絶好調。ところが、義春刃物は、
製品のほとんどが国内向けで、しかも学校用教材を製造しているため、
まったくその流れに乗れていなかったそうです。

少子高齢化で子どもの数がますます減少していくことを考えると、
彫刻刀も決して安泰ではない。
会社の未来のために何か布石を打たなくてはならない。
これが田中さんが新規事業に取り組んだ大きな理由でした。

 

彫刻刀で木以外に彫れる素材を探したら・・・ソフビの怪獣に出会った

「シャインカービング」はどのように生まれたのでしょうか。

田中さん「老舗彫刻刀メーカーの跡取りとして生まれたにもかかわらず、
     ぼく自身は彫刻刀がそんなに好きじゃなかったんです。
     その理由を深掘りしてみると、彫刻刀を使って何かを彫るには
     絵が描けないとだめ。でも絵を描くのは難しいし、簡単にはできない。
     彫るための木を買ってこなくてはいけないなど、彫刻を始めるまでの
     ハードルが高いことに気づきました。

     しかも、一番彫刻刀を使う世代の子どもたちはこれからどんどん減っていく。
     ですから、ぼくも含めて絵心がなくて彫刻が苦手な人たちでも気軽にできる、
     大人向けの彫刻アートを作ろう。
     そして海外にも持って行けるものを、と思うようになりました。」

木以外に彫れる素材を見つけたい。そう考えた田中さんは多種多様な物を販売している
関市の大型ショッピングセンターへ。そして、野球のボールやお風呂マット、
光るスーパーボール、口紅、風船、ミニ四駆のタイヤ、
手で握れる謎のグニャグニャなど、20品近くの物を購入して、試し彫りをしました。

ほとんどの品物はきれいに彫ることができませんでした。
しかし、田中さんはその中で唯一満足のいく彫りのできる素材を見つけました。
それは「ウルトラマン」に登場するテレスドンという怪獣の人形だったのです。

いったいこれは何からできているのだろうかと素材を見ると、
怪獣の足の裏にPVCの文字。ポリ塩化ビニル、いわゆるソフトビニル(ソフビ)でした。

田中さん「彫り跡もつやつやとして木彫りの怪獣みたいになったんです。
     しかも、素材はおもちゃ売り場にいっぱいあります。
     『よし、ソフビを使ってこれまでになかった新しい彫刻アートを作ろう』
     と思いました。」

 

ソフビの怪獣を彫刻刀で彫る
彫りあがったテレスドン。彫り跡がとてもよい。

 

 

新感覚アート「シャインカービング」の誕生

その後、試行錯誤を経て、田中さんは「シャインカービング」を生み出しました。
彫る素材を木からソフビに変えることで、木とは全く違った彫刻アートが
誕生したのです。美しい色彩と、ソフビが光を透過することで生まれる
ステンドグラスのような輝き。
それは男女・世代を問わず、幅広い人々に受け入れられました。

 

葛飾北斎の『富嶽三十六景』の一つ『神奈川沖浪裏』をモチーフに彫ったものや、彫り跡の美しさが際立つパッチワーク状のものなど、さまざまな作品が楽しめる。

 

チェコ出身の画家でグラフィックデザイナーでもあったミュシャの作品をモチーフにした「シャインカービング」。上級者向けの作品。

 

 

彫刻刀で輝きを彫る! 

「シャインカービング」はまさにその名の通り、”輝きを彫る”アート。
いったいどのような仕組みになっているのでしょうか。

こちらは「シャインカービングアカデミー」で販売している
初級者向けのスタートキット(¥1800)。
輪郭線を彫る三角刀と線で囲まれた部分を彫る小丸刀の2本が入っています。
ケースの上に素材を置き、下からキットに含まれているLEDライトで
照らしながら彫っていきます。

2020年最新版。義春刃物の特製シャインカービングナイフ(彫刻刀)2種類と彫刻スタンド、ライトなどが入っている。

 

ソフビ素材の表面にはあらかじめ絵の輪郭線が印刷されており、
それに沿って彫り進んでいきます。裏には表面に塗装されたデザインと
同じカラーフィルムを貼り付けます。

彫刻刀で表面の灰色の部分を丁寧に削り取ると、
彫った部分から裏に貼られたカラーフィルムが透けて見える構造になっており、
はっとするほど美しい色と光沢が現れます。

蝶の片羽が彫れたところ。下からライトで照らすと裏面に貼ったカラーフィルムが透けて見えて、得も言われぬ輝きを放つ。

 

私もキットを購入して彫ってみました!
未熟でお恥ずかしいですが、彫り跡がくっきりとわかるのも
「シャインカービング」の特徴の一つです。
シートをクルクル回しながら彫るのがコツ。これから周りを彫ります。

ここまで彫るのに1時間ぐらい。正味2時間程度で彫れる超初心者向け。なかなかの達成感です。

 

 

コロナ禍で始めたライブ配信でファン層を全国に

田中さんの「シャインカービング」はメディアにも取り上げられ、
さまざまなイベントでワークショップをするうち、人気が高まってきました。
「義春刃物」が作る彫刻刀も、これまでとは違った層に
受け入れられるようになりました。

田中さんはシャインカーバー(シャインカービング愛好者)認定制度を
作ることで学習意欲を促し、シャインカービングのインストラクターや
アンバサダーを養成していこうと考えました。

ところが「新型コロナウイルス」の災厄が「シャインカービング」にも
降りかかってきたのです。

田中さん「コロナによりそれまで順調に伸びていたレッスン(ワークショップ)が
     できなくなり、対面販売の売上高が一時的にゼロになってしまいました。」

考えた末、田中さんはスタジオを作って「シャインカービング」を
ライブ配信することを思いつきました。「シャインカービング」を始めて2年目。
2020年のことでした

田中さん「最初は事前に収録・編集した動画をYouTube配信したのですが、
     いまいち上手にできなかったので、未経験ながらライブ配信を
     することにしたのです。機材をそろえ、スタジオを作るのも、
     すべて一人でやりました。

     今では毎週水曜の午後9時から1時間、全国のシャインカーバーさんに
     向けてライブ配信しながら、みんなで一緒に彫っています。

     一人で黙々と彫るのが好きな方もいれば、みんなで彫るのが好きな方も
     いますから。彫る習慣をつけてもらうのが目的です。

     この6月には配信100週を迎えました。
     最近ではファンも増えてチャットもしてくれるようになりました。」

田中さん「コロナは災厄でしたが、もしコロナが流行しなかったら、
     ライブ配信なんて絶対にやっていませんでした。
     おかげでみんなが見てくれるようになって、とても良い経験でした。」

すべて一人でやっているので最初は配信準備に半日ぐらいかかったそうですが、
今ではかなり短時間でできるようになり、配信もプロ並みに。
今では仕事としてライブ配信を請け負うこともあるそうです。

シャインカービングをライブ配信する田中さん

 

シャインカービングの材料。通常はHPから通信販売をしているが、第2、4土曜の午後はスタジオをオープンしているので、訪問して直接購入することができる。

 

  

シャインカービングでアパレル分野や海外進出を目指す 

現在、シャインカービングの認定講師は北海道から九州まで、全国に70人弱。
先日、名古屋のポートメッセで開催された「クリエーターズマーケット」にも
認定講師が出店しました。
また、テレビ番組の中でも放映されるなど、その注目度は高まっています。

シャインカービング認定講師になっても、材料などの購入のほかは
ロイヤリティは不要。また受講料などもそれぞれで決めることができるそうです。

 

田中さん「今後はアートとしてだけでなく、アパレルの分野にも進出して
     いきたいと考えています。初めてシャインカービングを彫った時、
     彫り跡が江戸切子のようで興味を持ち、今後は江戸切子をモチーフにした
     アクセサリーや高級バッグなどの製作・海外での販売を視野に入れています。

     また、世界中にシャインカービングのミュージアムが建つぐらいまで
     行きたいですね。ビニールを彫刻する新しいアートとして
     世界中の人々に愛されるようになると嬉しいです。」

何百年にもわたって培われてきた伝統技術が、
一人の若い担い手によって世界に大きく羽ばたこうとしています。

江戸切子のようなシャインカービング。アクセサリーとしても提案したいと田中さんは考えている。

 

 

【会社概要】
義春刃物株式会社
代表者:田中健児
設立:1959年
所在地:〒501-3829 岐阜県関市旭ヶ丘3-17
事業内容:彫刻刀・はさみ・切出ナイフなどの文具や教材用刃物の製造・販売
連絡先: メール:info@yoshiharu-cc.co.jp
電話:0575-23-3000
URL:https://yoshiharu-h.xsrv.jp/wordpress/

株式会社シャインカービングアカデミー
代表責任者・アカデミー長:田中淳也
設立:2018年
所在地:〒501-3829 岐阜県関市旭ヶ丘3-17
URL:https://shinecarver.com/オンラインショップ:https://store.shinecarvingacademy.com/事業内容:彫刻刀・はさみ・切出ナイフなどの文具や教材用刃物の
     製造・販売・機械用刃の製造・シャインカービングの企画・製造・販売
     ワークショップ・シャインカーバーの養成など
E-mail:junya.t@scacademy.co.jp(田中淳也)
※シャインカービングのワークショップその他についてはHPからご確認ください。

 

【取材・文・撮影】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまで
ライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘り
することで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎  https://satoyamakikakunanohanasha2020.jimdofree.com/