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東海最前線

放し飼いの健康な鶏から生まれた滋味豊かな卵を食卓に届ける歩荷(ぼっか)(愛知県稲沢市)

2023.03.28

社会・地域

【ここが最前線】循環型社会と食の安全を意識し、できるだけゴミや悪臭の出ない、鶏にとっても負荷のかからない養鶏を行う

【3点要約】
・循環型社会を意識した、悪臭公害の出ない清潔な養鶏場で育てた健康な鶏の生んだ健康な卵を生みたてに近い状態で消費者に届ける。
・建築業というまったくの異業種から農業に新規参入。
・食に対する健康意識の高い人たちを対象にした農家レストラン開業をめざす。

卵は日々の食生活における身近な食品の一つであると同時に、栄養面でも大変優れています。肉や野菜などいろいろな食材と組み合わせることができ、レシピも豊富。熱々のご飯に生卵を乗せ、醤油をさっとかけて食べるシンプルな卵かけご飯も人気です。

おいしくて栄養価の高い卵は本来健康な鶏から生まれるもの。ところが最近は鶏に与える配合飼料に遺伝子組み換え作物が含まれていたり、酸化防止剤や防腐剤が使われている可能性があるなど、食に対する安全が脅かされる事態も起こっています。

愛知県稲沢市にある「歩荷(ぼっか)」では、できるだけストレスのかからない平飼い(放し飼い)の状態で鶏を飼育。健康な鶏が生んだ健康な卵を、生みたてに近い状態で消費者に届けることのできる一貫体制を整えるなど、循環型社会を意識し、食の安心、安全を第一に考えた養鶏を行っています。

清潔な鶏舎で鶏を抱く「歩荷」代表の安田博美さん


「歩荷」が生産・販売しているのは、純国産鶏もみじの卵。重量感があって卵殻も堅い。
1パック(10個入り)税込750円と高額だが、ファンは全国にいる。無洗卵なので約1ヶ月は生で食べられる。
「歩荷」のロゴはある著名な書家の方に書いてもらったのだそう。

 

「キタナイ・クサイ」を払拭 悪臭公害の発生しない清潔な平飼い養鶏場

愛知県稲沢市は植木の町として有名です。その歴史は700年近く昔、稲沢市矢合町国分寺にある円興寺の住職が、中国から柑橘系の苗木生産の技術を持ち帰ったことにさかのぼるのだとか。今も市内の各所に植木が植樹された農園が点在しています。

安田王彦(きみひこ)さん、博美さん夫妻が経営する養鶏農場「歩荷」は稲沢市の北部にあり、周囲には農地が広がっています。隣りには菜の花の咲き誇る畑があり、道沿いに立てられたのぼり旗が風になびき、直売所の看板が立っていました。

直売所の入り口に立つ安田王彦さん、博美さん夫妻

直売所では卵だけでなく、ひき肉やささみ、丸のままの鶏肉なども購入でき、通販も行っています。肉になったのは「歩荷」で卵を生む役割を終えた鶏たち。肉として人間に供給されることで新たな命を次へとつないでいくのです。

売所には卵や肉を求めて次々に客が訪れる。スタッフは選卵やパック詰め、送付の準備で忙しい

「歩荷」で販売されているエコバッグ。デザインがかわいい

養鶏場は直売所の隣りにあります。たいへん驚いたのは鶏舎がとても清潔で臭いのないこと。筆者もこれまで何度も養鶏場の取材をしていますが、その悪臭には悩まされました。生き物を飼っているのだから仕方がないとは思うものの、鶏舎の中の写真を公開する気にはなれませんでした。

しかし、「歩荷」はその心配がまったくありませんでした。鶏舎の中に入ると少し臭いはするものの、隣りの直売所は無臭。ましてや外に漏れて周囲から苦情が来るようなことはありません。鶏のフンらしいものも見当たらないのです。取材があるから特別に掃除されたわけでもありません。広いのでそんなことは簡単にできません。

長さ50m、高さ3mの鶏舎の中は6部屋に仕切られており、各部屋の横には集卵や鶏の様子を観察するための通路があって、一目で部屋の中が見渡せるようになっています。それぞれの鶏舎には鶏たちが自由に行き来できるパドック(運動場)が設けられています。

「鶏舎1棟には約1000∼1200羽程度が飼育できるようになっていますが、一部屋ごとの鶏たちは1坪あたり5∼6羽程度の広さを確保しており、ぎゅうぎゅう詰めで飼育することはありません。うちは儲けるビジネスとしての事業展開をしていないので、鶏たちがボロボロになるまで産卵させたくないのです」と王彦さん。

「歩荷」の鶏たちは「純国産鶏もみじ」といって、岐阜市にある後藤孵卵場からやってきます。後藤孵卵場は戦時中、食糧難の中、国産鶏の種の保存のために力を尽くし、どこまでも国産鶏の育種、改良にこだわる日本有数の孵卵場です。

生後100日でやってきた鶏は大人になりかかった若鶏。約2ヶ月もすると卵を産み始めます。孵卵場でヒナの時から安全な飼料で育てられた若鶏は健康で、足腰も丈夫なのだそう。

悪臭の出ない秘密は、「歩荷」の循環型農業にありました。1年間の産卵を終え、次の鶏たちを鶏舎に入れる前の数カ月間、鶏舎を空っぽにします。そして高圧洗浄機などを使って鶏舎内を徹底的に掃除。その際、鶏たちがいた部屋の中の土をさらい、新しいモミを土の上に蒔いて次に入る鶏たちのための土づくりをします。部屋の中の土には鶏たちのフンと自然の菌が共存しており、菌によってフンが分解されることで臭いが抑制されるのだそう。さらった土は肥料として「歩荷」で作る自家配合飼料米の主な米の生産者に提供しています。

鶏たちは卵を産みたくなると巣箱に入って産卵します。卵は巣箱の後ろにある網棚に転がる仕組みになっており、土の上で産卵しないのでほとんど汚れることがなく、無洗卵として消費者に提供でき、冷蔵保存することで約1ヶ月もの間、生で食べられます。卵を水で洗ってしまうと、卵殻の穴(気孔)から雑菌が水と一緒に卵に侵入する可能性が指摘されており、冷蔵庫に入れても長持ちしないのです。

鶏たちは卵を産みたくなると、巣箱に入って産卵する。

卵はそのまま網棚の上に出てくるようになっており、土のつかないきれいな状態で集卵できます。基本的に産卵調整はしておらず、午前8時を過ぎた頃に産卵します。集卵は午前・午後の2回です。「歩荷」は2013年、「農場HACCAP(危険要因分析充填管理点)推進農場」となりました。

「歩荷」の鶏たち。部屋の向こうに青々とした草が生えている所がパドック。

鶏は部屋とパドックの行き来は自由で、天気の良い日などは羽を広げて日光浴している姿も見られます。鶏の中にも序列があり、強い鶏が先に餌を食べ、高い所にある止まり木に止まります。1日の産卵は1700個ほど。産み続けるとストレスがたまって鶏の健康状態も悪くなる場合もあり、そういう時は少し休ませるために、産卵を抑制するよう飼料を調整します。

産卵後1日以内の新鮮な卵を配達する場合は当日、遠隔地に配送する場合でも翌日には届くそうです(所によっては翌々日になる場合もある)。

黄身とその周りの白身も大きく盛り上がっている。親鶏が健康で卵が新鮮である証拠だ

 

ポストハーベストフリーの安全性の高い自家配合飼料を生産

食の安心・安全を意識した、自家配合飼料も「歩荷」の大きな特徴です。国産の原材料はもちろん、特に海外から輸入している大豆やトウモロコシなどは、IPハンドリング(分別生産流通管理)の証明書のあるものしか使いません。IPハンドリングとは遺伝子組み換え農産物の栽培をしていないことの証明書です。

牡蠣殻などの動物性素材はサルモネラフリーを厳守し、鶏の健康を第一に考えた独自の配合設計に基づき、農場内の飼料攪拌室で製造しています。

「歩荷」では今後も厳選素材による安全な自家配合を続けていくために。輸入トウモロコシの約60%を愛知県産のお米へと返還することに農家と個別契約を結びました。定期的に飼料全体の放射能分析も行っています。

 

農場内にある飼料撹拌機。これでお米を主体とする自家配合飼料をつくる

農場内で飼料などの説明をする王彦さん

配合飼料の原料となる遺伝子組み換えを行っていないIP(分別流通)脱脂大豆

 

食の安全性にこだわり、建築業から農業に新規参入

安田夫妻が「歩荷」を始めたのは2004(平成16)年。建築業というまったくの異業種からの参入でした。二人が新たに養鶏を始めようと考えた理由は何だったのでしょう。

「もともと食に興味があって、安心できる食べ物を生産者から直接取り寄せていました」と博美さん。現在「歩荷」の代表として精力的に活動しています。農業への新規参入を提案したのは博美さんだったそう。

「妻は設計士、ぼくは施工管理をしていましたが、バブル崩壊後の建築業界は決して楽ではありませんでした」と語る王彦さん。

食の安全が問題視されることが増える中、博美さんは王彦さんに自分の思いを伝えました。すると、当時建築とは異なる新しい道を模索していた王彦さんもそれに賛同。二人で安心して食べられるものを作ろうと考えましたが、何をどうすればいいのか、農業のノウハウは全くありませんでした。そんな時、以前取り寄せをしたことのある九州の養鶏農家のホームページに、「農業教えます」と書かれていたのを見つけたのです。そこで問い合わせたところ、その会社の社長が「技術を教えてもいい」と言ってくれたので、何はともあれ、二人で福岡県糸島市にある会社まで見学に行きました。

そこで言われたのは「本気でやれば1年かかる」ということでした。

さあ、どうしようと思った二人でしたが、夫婦で平飼いの自然養鶏を学ぶことを決意。1年間九州の養鶏場に赴いて修業することを前提に、「食の安全と荒廃していく農の再生」を企業理念として、行政に就農支援申請のための事業計画書を提出。しかし、簡単に事は運びませんでした。

「根気よく足を運んで何度も事情を説明しました。建築の仕事をしている時も、手続き上似たような経験があったので慣れてはいましたが、一番心配されたのは、悪臭などの公害が出るのではないかということだったのです」

王彦さんは自分たちがやろうとしている自然養鶏は循環型農業であり、そのやり方では悪臭公害は出ないことなどを、行政担当者に根気よく説明しました。

「悪臭公害を心配した身内にも最初は反対されました。『公害のない3000羽の養鶏農場を作りたい』といったら、稲沢で植木農家をしている義兄が心配して『公害が出ないなら協力してやる』と言って、ぼくたちがモデルとする九州の養鶏農家を視察に行ったのです。するとそのすごさに圧倒され、『なら、やってみろ』と地主さんを紹介してくれて、現在の土地を借りることができました」

行政からも就農支援が認可され、二人は名古屋の住居を処分し、必要最低限の荷物をワゴン車に積んで九州へ。1年間の研修を終えて愛知県に戻り、養鶏を始めたのです。

 

後継者を育成し、地産地消に特化した農家レストランの開業をめざす

「歩荷」を開業して19年、直売が主体ではありますが、食の安全・安心にこだわる事業者への卸しや個人消費者への通販なども増え、今では「歩荷」の利用者は全国へと広がりを見せています。

「やはり食に対する安心・安全意識や健康意識の高いお客様が多いので、いろんな質問をいただきます。それに対してこちらも誠意をもってお答えしています。今後は後継者の育成にも力を入れて行きたいですね。農業の担い手が高齢化しており、耕作放棄地も増加しています。うちにしかない技術を伝えることで後継者が育ち、そうしたことに対する解決策の一つになればと思います。農業を守るということは、農地を守ることでもあると思うので」

また、愛知県は2015年に国家戦略特区となり、「農業の担い手育成」のための教育・雇用・農業等の総合改革拠点として、以前は非常に難しかった農地転用が緩和されました。これによって、農家レストランの農用地区域内への設置が可能になったことを受け、「歩荷」では、2年後をめどに農家レストランの開業をめざし、現在準備中です。

自社の卵や鶏肉をメイン食材として、食に対する健康意識の高い層をターゲットにすることで顧客を確保し、周囲の遊休農地を活用して野菜を自家栽培したいという二人。

「開業するためにクリアしなければならない法律上の問題などもたくさんありますが、すでに開業予定地も決まっており、養鶏農家のイメージアップにもつながりますので、頑張ります。ただ食べるだけでなく、エディブルフラワーなど見て楽しんでいただける食材も取り入れて、ロケーションを眺めながら心穏やかな生活を取り戻していただけたら嬉しいですね」

「歩荷」とは一般的に荷物を背負って山小屋などに運ぶ人を言いますが、かつて新潟県から長野県まで塩の運搬に従事した人々を指す場合もあります。海のない長野県の人々にとって、塩は生活必需品でした。

「ぼくたちも歩荷さんが塩を運んだように、お客様にとってなくてはならない大切なものを届ける人になりたいのです」

2023年4月、「歩荷」は株式会社となり、新たな道を歩み始めます。
ステップアップは二人にとっても希望に満ちた新たな挑戦となることでしょう。

 

【事業者概要】
「歩荷」(ぼっか)(2023年4月から株式会社歩荷)
代表者:安田博美
創業:2004年
設立:2004年
所在地:〒495-0002 愛知県稲沢市祖父江町山崎上屋敷375-3
事業内容:養鶏業
連絡先:0587-97-7677
URL:http://www.bocca-farm.jp/

 

【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎