半世紀にわたり子どもの文化の普及に取り組む書店(増田喜昭さん 子どもの本専門店「メリーゴーランド」/四日市市)
2026.03.23
ここが最前線:日本における児童書専門店の草分けであり、流行に左右されない質の高い品ぞろえと著名人によるレクチャーなどを開講
今から50年前、東京や大阪などに先駆けて三重県四日市市で子どもの本専門店が誕生しました。その名は「メリーゴーランド」。国内では名古屋市の「メルヘンハウス」に次ぐ児童書専門店の老舗で、著名人によるレクチャーや遊びのワークショップ、プロ作家を養成する絵本塾、童話塾なども開催されています。店主の“ひげのおっさん”こと増田喜昭(ますだ よしあき)さんにお話をうかがいました。
店主の増田喜昭さん
子どもの本屋「メリーゴーランド」
子どもたちに本当に読んでほしい本を売る
四日市市を東西に走る松本街道沿いに建つ「メリーゴーランド」。3階建てで1階には子どもの本や絵本、おもちゃなどが並び、ティールームを併設。2、3階は「ときわ文化センター」として各種カルチャースクールの開講やコンサートなどを開催。貸教室も行っています。
“ひげのおっさん”こと店主の増田喜昭さんは、少林寺拳法の達人。書店を経営し、子どもの本の普及に尽力するかたわら、少林寺拳法の指導者としても活躍しています。サーフィンとウクレレとロックをこよなく愛し、体育会系と文化系が混在している多彩な人柄に惹かれていろいろな人々が「メリーゴーランド」に集まってきます。
増田さん「うちのモットーは売れてる本ではなく、子どもたちに本当に読んでほしい本を売るということ。世間でいくら売れている本でも、自分が納得できなければ売らない。だから、ベストセラーになったから、本屋大賞をとったからといって、店に置くことはしません。」
店内はだれもが本を自由に手に取って選べる環境が整えられ、親子で本を楽しめるコーナーもあります。取材した日は平日だったので来店者は多くはありませんでしたが、おかあさんと一緒に来ていたお子さんは夢中になって、本から目を離しませんでした。そして、それこそが増田さんの求める本屋の姿だったのです。


ファブリックや子ども用のレインシューズも
本屋に併設されているティールーム。ほっと一息つきたい時に立ち寄りたい
「もうからないからやめたほうがいい」と言われても…
「メリーゴーランド」が誕生したのは1976年。今年でちょうど50年を迎えます。
増田さん「『メリーゴーランド』が入っている『ときわ文化センター』は父が建てたものです。ガソリンスタンドをやっていた資金を元手に、我が家の先祖代々の田んぼを埋め立てて文化センターを建てると言い出しました。ちょうどビルの1Fに2軒分の貸店舗があったので、ぼくは月6万の家賃でそこを借りて本屋にすることを思いついたんです。今はいろいろな店も近所にできて交通量も増え、ずいぶん賑やかになりましたが、当時ビルの周りは田んぼばかりでしたね」
増田さんは3年間勤めていた名古屋の貿易会社を辞め、名古屋の本山にできた「メルヘンハウス」に通い始めました。
「メルヘンハウス」は1973年に日本で初めて誕生した子どもの本専門店です(創業者の三輪哲さんは亡くなりましたが、現在は息子の丈太郎さんが2代目を継承しています)。三輪さんからは子どものための本屋を経営する大変さを説かれました。
周りからは「もうからないからやめたほうがいいよ」と忠告された増田さんでしたが、あるシーンが目に焼き付いて離れませんでした。
増田さん「本屋をやろうとは思いましたが、最初から子どもの本の専門店がやりたかったわけではありません。ところがある時、1人の女の子が小さないすに座って無心に本を読んでいるシーンに遭遇しました。その後ろ姿を見た時、自分が求めるものはこれだと思ったんです」
増田さんは三輪さんのアドバイスもあり、四日市市立図書館の児童室に通うようになりました。そして、片っ端から子どもの本を読みあさったのです。それまでほとんど読んだことのなかったジャンルの絵本や童話、物語はとても新鮮で、増田さんは子どもの本の世界にのめりこんでいきました。
そして一冊一冊、手に取って読んで面白かった本には◎、ちょっと面白かった本には〇、あまり良くなかったものには△というように印をつけ、店に並べたいブックリストを作り上げていったのです。
絵本『よあけ』(福音館書店刊)と増田さん
ブックリストを作りながら開店準備
ブックリストを作りながら増田さんが気がついたのは、図書館で読んでおもしろいと思った本が、一般書店の児童書コーナーにはほとんど置かれていないということでした。
増田さん「子どもにとっての読書はおもしろいか、おもしろくないかに尽きると思うんです。ところが残念なことに、作者が思いを込めて書いた本が子どもたちの心に届いていない。当事者の子どもたちではなく、多くの場合、大人たちが本を選んでしまっているから。大人が子どもたちに読ませたいと思った本が子どもたちが読んでおもしろいとは限らないし、売れてる本が子どもにとって良書であるとは限らない。でもほとんどの本屋は売れている本が中心の棚づくりになってしまっている。それでいいのかなあと思いながら開店準備をしていました」

増田さんは2店舗分の間の壁をぶち抜きアーチ形の通路を2カ所、
店の入り口も2カ所作った。北欧雑貨が多く、ヒンメリ
(フィンランドの伝統的な飾り)などが天井から下がっている。

切り株に腰かけて、親子で座って本が読める 木の椅子は増田さんお手製
児童文学や絵本作家との出会い
仕入れに必要な取次店は、大手の取次店から二次取次店を紹介してもらい、約4千冊の子どもの本が「メリーゴーランド」に並びました。時には一般書店だと思って入ってみたら目当ての本がなくてがっかりされたり、欲しい本の配本がなかなかなくて、よその本屋さんで購入して店に置いたり、いろいろなことがありましたが、子どもの本大好きな仲間たちが集まって、子どもの本の作家さんとのつながりも生まれました。
その一人が、今江祥智(いまえ よしとも)さん(1932年~2015年)です。
今江さんは著名な児童文学者で『兄貴』『ぼんぼん』などの長編から『ちからたろう』(絵:田島征三さん)のような絵本まで幅広く執筆。1999年には紫綬褒章、2005年には旭日小受章を受賞しています。
ある時、増田さんは当時子どもの本の合評会を行っていたメンバーたちと、今江さんの講演を名古屋まで聴きに行きました。そこで今江さんに会った増田さんは、巧みな話術と本についての豊かな知識に魅了され、「メリーゴーランド」に今江さんを案内したのです。
「メリーゴーランド」を気に入った今江さんはその後もたびたび四日市を訪れ、講演にも来てくれました。そして、灰谷健次郎(はいたに けんじろう)さんや長新太(ちょう しんた)さんというすばらしい児童文学者や絵本作家を紹介してくれたのです。
その輪はさらなる広がりを見せ、臨床心理学者で文化庁長官も勤めた河合隼雄(かわい はやお)さんや絵本作家の佐野洋子(さの ようこ)さん、作家の江國香織(えくに かおり)さん、詩人の谷川俊太郎(たにかわ しゅんたろう)さんなど、実に多くの文化人が月に一度、代わる代わる「メリーゴーランド」にレクチャーに訪れました。すでに亡くなった方もいらっしゃいますが、レクチャーは今も続いています。
「絵本塾」「童話塾」でプロの作家を育てる
「メリーゴーランド」では、プロの絵本作家や童話作家を育てる「絵本塾」と「童話塾」を開講しています。また「あそびじゅつ」と名付けられた、子どもたちが暮らしの中から自由に創造する力を身につける場所も開講されており、2~4歳、3~8歳、6~12歳、12歳以上という四つのクラスがあります。
このほか三重県松阪市出身の落語家・桂文我(かつら ぶんが)さんを招いての落語会や絵本作家・荒井良二(あらい りょうじ)さんによるワークショップで壁に絵を描いたり、女優・内田也哉子(うちだ ややこ)さんのレクチャーなど、多彩で豪華なゲストが毎回「メリーゴーランド」を訪れ、ほかでは体験できない文化に触れることができるのです。

「メリーゴーランド」に描かれた壁画
どんな時も子どもを笑顔にしたい
増田さん「50年間、子どもの本の専門店が地方で生き残って来たのは奇跡だと言われます。世の中の風潮に歯向かってきたのがよかったのかもしれません。スタッフたちにも大いに助けられました。日本は子どもの文化の普及がとても弱い。ワークショップやレクチャーをお願いしている荒井良二さんは、2005年に「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」を受賞されました。リンドグレーンは『長くつ下のピッピ』などを書いた世界的に有名なスウェーデンの児童文学者で、この賞は児童文学のノーベル賞ともいわれています。しかし、残念なことにメディアからはほとんど注目されませんでした。教育や読書に対する考え方も全く違います」
「メリーゴーランド」は図書館ではありませんが、子どもの文化の普及に尽力してきました。毎月手書きの「メリーゴーランド新聞」を発行しているほか、表現する楽しさを味わうワークショップ「あそびじゅつ」、「出張本屋さん」や「絵本遠足」などを開催。また、「メリーゴーランド」が選書した本が届く「ブッククラブ」も人気です。
メリーゴーランド新聞
店名のいわれは、増田さんが子どもの頃に大好きだった「メリーゴーランド」のように、いつでもどんな時でも子どもたちを笑顔にしたいという願いをこめて付けられたとのこと。2007年には京都店もオープンしており、これから先もますます楽しみな本屋さんです。

今年でちょうど創立50周年を迎えた「メリーゴーランド」
【店舗概要】
子どもの本屋「メリーゴーランド」
URL https://www.merry-go-round.co.jp/index.html
■メリーゴーランド四日市
〒510-0836 三重県四日市市松本3-9-6
営業時間:10:00∼18:00 火曜定休
TEL:059-351-8226
■メリーゴーランド京都
〒600-8018 京都府京都市下京区河原町通四条下ル市之町251-2 寿ビルディング5F
営業時間:11:00∼18:00 水・木定休
【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎