名古屋のカルチャーシーンをリードする独立系書店(ON READING 愛知県名古屋市)
2025.03.01

ここが最前線:名古屋のカルチャーリーダー的存在として若者文化をけん引
街の中からリアル書店が姿を消しています。今や市町村に本屋が皆無という自治体は30%近くにのぼります。そんな中、「独立系書店」(インディペンデント ブックストア)と呼ばれる本屋の存在が顕著になってきました。いくつものチェーン店を有する大型書店とは異なり、多くは個人事業主。独自の経営方針で個性的な店づくりをしているのが特徴です。中でも名古屋市を拠点とする「ON READING」は2006年のオープン以来、若者文化のリーダー的存在としての役割を担ってきました。店主である黒田義隆さん、杏子さん夫妻に「ON READING」の歴史や事業展開、今後の方向性などについて伺いました。
「ON READING」店主の黒田義隆さん、杏子さん。
「感じる、考える人のための本屋」とは
「ON READING」があるのは東山動物園にほど近いシャビ―なマンションの一室。書店だけでなくアートギャラリーも併設しています。こじんまりとした店内は、書店というよりアーティスティックな隠れ家のようです。
本の冊数は約3∼4000冊。「ZINE」や「リトルプレス」などと言われる、創り手自らが出版した少部数の冊子から人文書、小説、エッセイ、アートブックや写真集など、ジャンルを問いません。こだわりは入口のドアに書かれている「感じる、考える人のための本屋」ということ。思わず手に取って読みたくなるような本が、新刊、古本を問わず置かれています。
黒田義隆さん「世界を見る目の解像度を高め、価値観の多様性に気づかせてくれる本をセレクトしています。お客さんがその本を読むことによって、今まで生きてきた世界に対して気づきや疑問を感じてもらえたなら嬉しいですね」
読書という行為は受動的に見えて、実は自分の知らない世界と能動的に関わる行為。ページをめくるのは常に自分の意思であり、そうすることでこれまでにない新しい発見があるかもしれません。
「ON READING」では希望する人や店舗などには選書サービスを行っています。これまでに選書した所はカフェや結婚式場、展望台にあるライブラリなど。どこも独自のコンセプトや世界観を持った場所。本を売るだけでなく、本のある空間づくりのサポートもしているのです。
黒田杏子さん「名古屋でまだあまり知られていない作家を紹介できるといいなと思ってギャラリーも始めました。常にいろいろなジャンルの企画展示を行っており、不定期にライブやトークイベントなども開催しています」
まちづくりという文脈から生まれた書店経営
義隆さんと杏子さんは互いに一宮市と岐阜市の出身。ともに名古屋市出身ではない二人が名古屋で書店を始めたのは、どのようないきさつがあったのでしょうか。
杏子さん「私たちは同じ大学の先輩、後輩なんです。元々は空きビルを利用した長者町エリアの活性化というまちづくりの文脈の中でスタートしたプロジェクトに関わったことがきっかけでした。当時、私は「NADiff愛知」(現在は休業)という書店でアルバイトをしていたこともあり同級生から声がかかって、同年代4~5人で長者町で書店を運営することになったのです。そこにデザイン担当として黒田君を引っ張りこみました」
このプロジェクトは長くは続きませんでしたが、関わったことで自分たちでも書店がやれるんだという可能性を知ったといいます。
杏子さん「当時は個人で新しく書店を始めるというビジネスモデルもあまりありませんでしたし、現在のようにそうした環境も整っていませんでした。失敗の中から学んでいったという感じでしたね」
義隆さん「ぼく自身は元々書店がやりたかったわけではなかったんですが、何かお店をやりたいなとは昔から思っていました。元々、音楽やアート、映画や小説などいろんなカルチャーが好きだったのですが、本屋の仕事に触れてみて、あ、本屋なら好きなもの全部に関わっていけるなと思い興味が湧きました。」
二人は2年間、店舗を持たずに活動した後、2006年に長者町のビルの一室で開業。その後、店が手狭になったこともあり、移転のための店舗を探しましたが、なかなか良い物件にめぐり合うことができませんでした。
杏子さん「そんな時、知り合いの雑貨屋さんが長野に移転するというので、現在の店舗を紹介されたんです。これまでアトリエ、ギャラリー、雑貨屋と、この場所で活動してきた方々が手を入れて受け継いで来られたという雰囲気が感じられました。いろいろな人々がさまざまな活動をしてきたことを、この場所は見ている。そんないい意味でカオティックな感じが自分たちの感覚とすごく合っていたんです」
そこで二人はすぐに入居を決め、新たな店づくりに取り組み始めます。2011年のことでした。
名古屋のまちで自分たちが読みたい本を売る
書店で本を販売する場合、小売店である書店と出版社の間には取次会社(取次)が介在します。取次が仲介することにより、本は書店で委託販売され(一部例外あり)、配本や返品、代金の回収などを取次が行うことで、書店は大量の在庫によるリスクを軽減でき、全国各地に本が行き渡るという流通システムができあがっていました。ところが、実際には客単価が高くて販売実績の大きな書店には配本冊数が多く、地方の小規模の書店は注文してもなかなか配本されないという問題も起こっています。
現在は小規模の書店でも参入できる取次もでき、以前よりも書店開業のハードルは低くなったといえるでしょう。しかし、「ON READING」の黒田さん夫妻が書店を始めた当時は、新しく書店を始める人たちにとってまだまだ厳しい状況が続いていたといいます。
杏子さん「今でこそ独立系書店とか言われますが、当時は相手にしてもらえず、取引を断られた出版社も多かったですね。国内外で直接取引させてもらえる出版社を探して、少しずつ少しずつやれるところからやっていきました」
義隆さん「当時、名古屋には自分たちが読みたい本を売っている書店がなかったんです。だからまず自分たちが読みたいと思った自費出版本や海外のZINE、アートブックなどを置くことから始めました。そのうちアーティストさんの知り合いも増えて、作品のプロダクトや展示なども手がけるようになりました」
逝きし人の思いを受け継いで
さりげなく並ぶ本や雑誌の中に、最近仲間入りしたZINEがあります。タイトルは『故 古田一晴を偲ぶ 黒いエプロン』。 名古屋在住の歌人・野口あや子さんが編んだ故 古田一晴さんの追悼歌集。古田さんは昨年惜しまれながら閉店したちくさ正文館書店本店の店長です。黒田さんは本書のデザインを担当されました。
杏子さん「以前、本で街をつなぐブックマークナゴヤというイベントを企画・開催していました。その頃の名古屋はメディアもイベントも少なく、各書店でイベントを企画してもPRする場所や方法もありませんでした。みんなで使える大きなハコみたいなものがあったらいいなと思ったことがきっかけです。イベントを契機としてまちを歩き、店をめぐり、新しい発見をしてもらえたらまちがもっと楽しくなるんじゃないかと思って。ちくさ正文館書店本店にはよく通っていて、店長の古田さんにはいろいろ相談に乗ってもらいました」
古田さんがつくった書店の棚は古田棚といわれ、もはや伝説化しています。杏子さんは棚を見れば、古田さんのすごさがわかるといいます。
杏子さん「大きな通りに面した北側から入るといわゆる町の書店といった雰囲気ですが、南側から入ると人文書や文芸書、芸術書などが並んでいるとても濃密な棚づくりになっていることがわかりました。そんな棚の間に若手作家やインディーズの出版社が出している本などが刺さっていて、現代の生きている棚を作っておられたのだと思います」
古田さんは去年の10月に逝去されましたが、本やアート、映画などに対する熱い思いはこの先も、黒田さんたちによって受け継がれていくのでしょう。
出版レーベル「ELVIS PRESS」としての活動
2009年、ON READINGは出版レーベル「ELVIS PRESS」を新たに立ち上げ、これまで新進気鋭のアーティストたちの作品を30冊以上、世の中に送り出してきました。また、国内外のブックフェアにも数多く出店し、今や世界に知られる名古屋の書店として活躍の場を広げつつあります。
義隆さん「こんなふうになるなんて10年前には予想もしていませんでした。これから先も続けていけるようにがんばりたいですね」
昨年からは岐阜市の古書店「徒然舎」とともに「岐阜駅 本の市」を運営。愛知・三重・岐阜エリアの古書店を中心にZINEを販売する作家も各地から多数参加し、東海地方最大級のブックフェスに育ちつつあります。
ON READINGが展開するさまざまなカルチャーシーンから、今後も目が離せません。
詩人・茨木のり子さんの作品『自分の感受性くらい』の中の一節
【店舗概要】
企業名:ON READING
創業:2006年
店主:黒田義隆 黒田杏子
所在地: 愛知県名古屋市千種区東山通5-19 カメダビル2A&2B
事業内容:ブックショップ ギャラリー 出版
対象年齢:すべての人
営業時間:12:00~20:00
定休日:火曜
連絡先:052-789-0855
URL:https://onreading.jp/
【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎