子育て中の親の多様な働き方を支える保育施設(美辺株式会社 美辺香澄さん 名古屋市)
2025.02.14

ここが最前線:子育て中の親の多様な働き方を支える複数の事業を展開
名古屋駅から徒歩6分のところにある「一時お預かり専用託児所はないと®」。
美辺株式会社 代表取締役の美辺香澄さんは「子育て中の親が、希望する働き方を実現できるような保育施設があればいいのに」という想いで、2016年に「一時お預かり専用託児所はないと®」を開設。
さらに、「みんなをまもる やさしいほいく」の理念のもと、企業主導型保育施設「いちりんなごや園」、「いちりんぽとすハウス園」の運営、他の保育施設のコンサルティング、弁当販売事業「華きち」など、幅広い分野で子育て支援を展開しており、2025年4月には、新たに認可保育園「みなもりなごや園」の運営開始を予定しています。
今回は、美辺香澄さんに、これまでの事業展開や、2025年4月からの認可保育園開始への思い、今後の展望などについて伺いました。
美辺香澄さん
仕事と子育ての両立で苦労した経験から開業を決意
――はじめに、一時預かり保育の事業を始めようと思った経緯を教えてください。
大学を卒業してからは、監査法人で正社員として働いていましたが、子どもが生まれたタイミングで、週に2〜3日非常勤として勤務することになりました。週5日フルタイムで働くという選択肢もありましたが、私は家庭や育児にもしっかり向き合いたかったため、あえて非常勤という働き方を選択しました。
仕事の日は、一時保育を利用することになりますが、預け先を探すのには毎回苦労しました。認可保育園の一時預かりは人気なので、なかなか申請が通りません。非認可保育園で週1日だけ預け先を確保したものの、残りの週1〜2日は埋められませんでした。そこを不定期開催のリフレッシュ保育や民間の託児所などを駆使して、なんとかやり繰りしていました。
預け先が決まったあとの準備もかなり大変でした。一時預かりでは給食を出してもらえなかったり、離乳食やアレルギー対応食を提供していなかったりする施設が結構ありました。持ち物のルールも施設によってバラバラで、水筒一つをとっても、ストロー付きを指定する園もあれば、逆にストロー付きは禁止の園もありました。毎回、預入先に合わせて必死に食事や持ち物を揃えていました。
また、私は基本的に電車通勤だったのですが、抱っこ紐で子どもを抱えながら大量の荷物を運ぶのが重労働でした。結局「このやり方は無理だ」という結論に至って、仕事を辞めることにしました。
そのとき「子どもが生まれて成長する時期に、親が好きな働き方を続けられるような預け先を作りたい」と思ったのが、開業のきっかけです。
自分が苦労した経験を全部クリアできる施設を目指して、「一時お預かり専用託児所はないと®」を作りました。
「はないと®」をはじめ、当社が運営する保育施設では、着替えやおむつ、粉ミルク、食事グッズ、お昼寝お布団やタオルなど、託児に必要な保育用品を園内ですべて用意する「てぶらほいく🄬」を実施しています。
また、園内手作り調理による、乳・卵不使用で、日本の四季折々の食材を使った給食を毎日提供しています。離乳食の進み具合やアレルギーなどにも対応しています。
「一時お預かり専用託児所はないと®」(美辺株式会社提供)
「てぶらほいく🄬」(写真:美辺株式会社提供)
利用者のメリットと従業員の働きやすさの両立
――「はないと®」以外にも、現在さまざまな事業を展開されていますが、これらはみんな美辺社長のアイデアですか?
従業員の意見から始まった事業もあります。
従業員には定期的にヒアリングをする機会がありますが、飲食関連の事業に興味がある従業員が多く、そこから始まったのが弁当販売事業の「華きち」です。はじめは「こども食堂」からスタートし、現在はテイクアウトができる弁当販売の形態に変わりました。
親子行事もそうです。私はもともと「わざわざ忙しい保護者に参加してもらう親子行事なんて不要!」という意見だったんです。でも、現場の保育士から要望が多くて始めることにしました。
親子行事の必要性を私が納得するのに時間がかかりましたが、いまでは積極的に取り組みたいと思っています。というのも、親子行事は園の中で起きていることや対応の仕方などを保護者に知ってもらう貴重な機会だからです。
意見を柔軟に取り入れることで、従業員に仕事に対するやりがいを感じてもらいたいと思っています。
華きちのお弁当(美辺株式会社提供)
――従業員の意見を聞く際には、会議や話し合いの場を設けているのですか?
会議のような場はあまり設けていません。というのも、かしこまった感じだと、出てくる意見が偏ってしまうので。
その代わりに、当社は従業員同士の何気ない会話のなかに出てくる、一人ひとりの本音を聞き出しています。グループのなかでも、とくにみんなの意見が集まりやすい人っているじゃないですか。そういった従業員から情報をもらって、従業員たちの心に秘めている要望やアイデアを集めています。
あとは、毎月全従業員に提出してもらっている給食レポートも、従業員の意見を集める手段の一つですね。食べたいメニューや変えてほしい点などを調査して、献立に生かすようにしています。「地元で食べていたおやつを出してほしい」という意見があり、北陸地方の郷土料理ぽっぽ焼きを提供したこともあります。
小さい頃からさまざまな味に慣れておくことは、子どもたちにとってもメリットがあると考えています。みょうがやみつばといった薬味など、少しクセのある食材をあえて給食に取り入れているのもそのためです。
季節の変化を五感で感じ、その豊かな感性を下の世代にも伝えられる子どもに育ってほしいです。
給食(写真:美辺株式会社提供)
――そういった保育の理念や方針は、従業員全体で共有されているのですか?
はい、そうです。ただ、想いを言葉で伝えるのは難しいので、行動で示すように意識しています。
例えば「子どもたちの大きな可能性を信じる」というのが会社の方針です。今は、発達のでこぼこで得意なことと苦手なことがはっきりしている子どもも多いのですが、苦手なことを強要しないようにしています。
これは大人も同じで、例えばピアノが苦手な保育士もいます。当社は従業員に対しても、苦手なことは強要せず、得意なことを生かして働いてもらう文化を広げています。
分業にもかなりこだわりがあって、私自身は従業員の目に見える形ではあまり働きすぎないようにしています。というのも、特に女性は「自分でやらなきゃ」と思ってしまう傾向があって、仕事を抱え込んでしまいがちです。それだと結局、継続的に働き続けることが難しくなってしまうので「みんなでやればいい」という姿勢を私が率先して示すように意識しています。
従業員の意見を柔軟に採り入れる(写真:美辺株式会社提供)
――利用者のニーズ(遅い時間・休日預かりの受け入れ)に応えることと、従業員が働きやすい環境整備(時短勤務・急な欠勤)を両立させることは難しいのではありませんか?
その両立は現在も悩み続けている課題です。最近思うのは、「みんなの生活スタイルや価値観はそれぞれ違っている」ということです。一概に、平日の朝から夕方まで働きたい人ばかりではないんですよ。
例えば、旦那さんが飲食店などに勤務していて夜中に帰ってくる家庭の場合、朝9時から出勤するよりも、遅い時間のシフトに入ったほうが都合が良くなります。従業員が無理をして利用者のニーズに応えるのではなく、需要にぴったり合った人を採用することで双方の幸せを満たそうとしています。
これからは、60歳以上の方の雇用も課題になってきます。60歳以上の世代は、生活のためにある程度の収入は必要なものの、親の介護に時間を取られたり、体力的にフルタイムで働き続けることに不安があったりします。そういった方たちが、これまでのキャリアを引き継ぎつつ、負担が重すぎない業務をできる職場が必要になります。働きたいという60代の方も多くいらっしゃいます。どうしたらよいか、考えています。
企業主導型保育施設「いちりんなごや園」(写真:美辺株式会社提供)
認可保育園「みなもり」が2025年4月に開園
――2025年4月に認可保育園「みなもりなごや園」を開園されるそうですが、その背景を教えてください。
今回認可の保育園を開園しようと思い立った理由は、従業員の収入面を安定させたいと考えたからです。これまで、認可外の一時保育事業を運営してきましたが、コロナ禍で出張が減り、リモートワークが増えて、一時保育の利用が落ち込みました。コロナが収束しても、働き方は100%前の状態には戻らないと思います。
認可保育園になると補助金が固定収入として得られます。そこで、認可保育園を運営することで、従業員の収入を安定させてから、今後の保育支援事業を考えようとしています。
なお、名古屋市からまだ指定を受けていないので確定ではありませんが、「みなもり」では、病後児保育を開始する方向で準備しています。病後児保育は、例えばインフルエンザに罹り、熱が下がってから登園できるまでの間や、病気から快復したけど本調子ではないお子さまなどを預かる事業です。
――認可保育園になると、これまで行ってきた事業にはどのような影響がありますか?
「はないと®」や「いちりん」では、基本的に認可保育園と同等の基準の監査や運用を実施していたため、その部分はそのまま引き継いでいけると思っています。
しかし、認可保育園になるとできなくなることの1つに、「小学生の預かり」があります。「はないと®」では、これまで不登校や小学校への行き渋り、学校行事の振替休日など多様なニーズに応えるかたちで小学生を預かっていましたが、「みなもり」を開園するにあたって場所を企業主導型保育施設「いちりん」の内部に移すため、補助金事業の規則上、小学生の受け入れができなくなります。
不登校や行き渋り、振替休日などの際に小学生を預けられるところは、ほとんどありません。学童保育は平日の14時か15時頃から開始で、日曜日はやっていません。フリースクールも開所時間が短いです。日中の子どもの預け先がないと、保護者が働きに出られなくなってしまうため、そういった家庭をサポートする体制が求められます。
小学生の預かりができる場は必要だと思っていますが、当社ではどうもできないので、別のところに行ってもらうしかありません。こども家庭庁にもいろいろと要望を出していますが、対応には時間がかかりそうです。
小学生の預かりもそうですが、今までは利用者からのリクエストを受けたときに、柔軟に対応ができていました。今後は名古屋市からの補助金を受けるため、内容によっては、利用者からの要望に応えられないこともあるかもしれません。
また、施設の利用者の選定方法もこれまでとは異なります。名古屋市が入園する園児を決定するため、利用者のなかには「第一希望じゃなかったのに…」という想いの家庭も少なくないでしょう。どのような雰囲気になるかは読めません。
――利用者との関わり方が、これまでと少し変わりそうですね。
そうですね。「みなもり」にはさまざまな背景を持つ利用者が集まり、これまで以上に高度な子育て支援を求められると考えています。
家庭などで困っていることを気軽に相談できる「実家のお母さん」のような存在になれれば嬉しいです。
――今後の展望をお聞かせください。
認可保育園になると固定的な補助金収入も得られるため、事業運営がしやすくなります。やれることも増えるだろうと思っています。
数年以内にやりたいことが2つあります。1つは、60歳以上の人たちが無理なく働ける場所をつくること。もう1つは、小学生の預かりができる場所をつくることです。
――「みなもり」での新しい子育て支援と、今後の社会課題に向けた取り組みに期待しています。今回は貴重なお話をありがとうございました。
【会社概要】
会社名 美辺株式会社(Minabe Co., Ltd.)
所在地 愛知県名古屋市 中村区名駅2丁目41−3サンエスケービル4階B
代表者 代表取締役 美辺香澄
設立日 2016年2月2日
従業員数 約60名
業務内容 一時保育所の運営・事業所内保育所の運営・コンサルティング業務・保育物品の製品開発など
【代表者プロフィール】
美辺 香澄
美辺株式会社代表取締役、公認会計士、ファイナンシャルプランナー
公認会計士として監査法人に就職後、結婚・出産を機に退職。職場復帰を目指すも、一時保育を利用した社会復帰の困難さを痛感し、てぶらでの登園などを可能にした「一時お預かり専用託児所はないと®」を2016年に開設。企業主導型保育施設「いちりん」の運営、保育施設のコンサルティング事業、弁当販売事業「華きち」なども手掛ける。2025年4月から認可保育園「みなもり」の運営を開始予定。3児の母。
【取材・文】
小島 みき
愛知県出身。取材ライター・Webライターとして数多くのメディアで制作に携わる。文化・国際・医療・エンタメ・育児・栄養学など得意ジャンルは幅広い。好奇心旺盛な性格を生かして、活動の幅を広げつつある。