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東海最前線

すべての人が森の楽しさを体験できる、森林教育の総合拠点(morinos 岐阜県美濃市)

2024.09.03

店舗・施設

ここが最前線:豊かな自然に触れることから得られる感動を大切に、能動的・自発的な教育を実践する

2020年、岐阜県美濃市にある「岐阜県立森林文化アカデミー」(学長・涌井史郎氏)の付属施設として「森林教育総合センター」(愛称・morinosモリノス)が誕生しました。モリノスには自然が大好きな親子連れや森林教育に携わる指導者などが全国から集まってきます。森林文化アカデミーで副学長を務め、現在、森林文化アカデミー特任教授を務めながら「morinos(モリノス)」に勤務するJIRIさんこと川尻秀樹さんに、その教育方針や存在意義などについて尋ねました。

川尻秀樹さん。愛称JIRIさん。1959年岐阜県美濃市に生まれる。
林業研究者、インタープリター。
現在、森林文化アカデミー特任教授を務めながら「morinos(モリノス)」で勤務する。
著書に「読む植物図鑑 Vol.1〜5」、「造林・育林実践技術ガイドなど多数。

 

「モリノス」はすべての人々を森にいざなう「森の入口」

取材に訪れた日はあいにくの雨。いつもなら大勢の子どもたちでにぎわっているモリノスですが、さすがに今日は人がいません。それでも時間が経つにつれ、少しずつ子どもの姿も見られるようになりました。

濡れるのも構わず、子どもたちは無心に外で遊んでいます。周囲に遊具らしきものも見当たりませんが、子どもたちの工夫次第で遊びの幅はどんどん広がっていく。JIRIさんたちスタッフは、そんな子どもたちの姿を少し距離をおいて、あたたかく見守っています。

モリノスとは“森の巣”を意味し、森を楽しむ心地良い空間であり、すべての人々を森にいざなう入口です。

 

森を学ぶのではなく、森を楽しみ感じることが大切

美濃市に生まれたJIRIさんは、幼い頃から豊富な自然体験を積みながら成長しました。母方の実家のある現在の山県市美山町で製材工場に勤めるおじさんと一緒に、魚や山菜、キノコ採りなどに夢中になり、狩猟についていくこともあったそうです。

日本大学農獣医学部を卒業した後、東京農工大学を経て現在の岐阜県森林研究所に勤務し、林業に関する研究業務と林業短期大学校の講師を兼務。2001年に開学した「岐阜県立森林文化アカデミー」(現学長は涌井史郎氏)で林業専攻の教授、副学長を歴任。2019年からはモリノスの森林総合教育課長を務め、2024年からは特任教授に就任。モリノスの設立にはその準備段階から深く関わっていました。

JIRIさん「森林文化アカデミーの付属施設であるモリノスは、アカデミーが担っている専修教育・林業の専門技術者研修・生涯学習の3部門とも深く関わっており、子どもから大人までが森林に親しみ、森林とのつながりを体験できる森林教育の総合拠点として位置づけられています。モリノスには二つの大きな役割があります。一つは森を実験場としてすべての人に体験プログラムを提供し、その魅力を伝えていくこと。もう一つは森林教育に関する人材の育成です。モリノスを訪れ、ここで育った子どもたちが将来またどこかで巣作りを始めるような、そんな場所でありたいと願っています」

モリノスが一番大事にしているのは感性を育むこと。アメリカの生物学者で故レイチェル・カーソンがその遺作『センス・オブ・ワンダー』の中で「知ることは感じることの半分も重要ではない」と述べたように、森について知識を得る事よりも森で出会う感動体験を大切にしています。

JIRIさん「体験によって得られる感動が原体験となって肥沃な土壌を耕すように人間の感受性を豊かにし、学ぶ力となっていきます。興味を示す対象は一人ひとり違います。モリノスには既存のプログラムは存在しません。来てくれた人に合わせてその場でプログラムを作っていきます」

涌井学長(左)から特任教授の称号を付与されたJIRIさん。
岐阜県立森林文化アカデミーのブログより転載

 

日本初! 森林総合教育の出前プロジェクト「morino de van(森の出番)」

モリノスには「morino de van(森の出番)」という、とてもユニークなプロジェクトがあります。これは「住友林業株式会社」と「岐阜県立森林アカデミー」との連携によって生まれた、日本初の森林総合教育の出前プロジェクトです。

JIRIさん「すべての人にモリノスに来てもらって森林体験をしてもらいたいですが、それが難しい学校や団体さんもあります。そういう方達の所にモリノスのスタッフがラッピングしたバンに森林体験プログラムの教材を乗せて出向いて行き、体験をしていただきます。」

これまでモリノスが「森の出番」で訪れたところは、県下の特別支援学校や小学校、幼稚園、子ども園など。県外では東京TBS前にある「赤坂サカス」開催の「地球を笑顔にする広場」会場や、山梨県北杜市の新栄キャンプ場で開催の「清里オーガニックキャンプ」会場などにも訪れています。

2024年5月2日~4日にかけて「赤坂サカス」で開催されたTBSのSDG’sイベント
「地球を笑顔にする広場」に出展した時の「森の出番」。4日間のブース体験者数は
1900人を超えたという。モリノスの活動報告(萩原ナバ裕作さん)より転載

 

医療保育園や障がい者施設との交流で学ぶ伝える技術の難しさ

モリノスは医療保育園や障がい者施設との交流も行っています。それはモリノスのスタッフにとっても大切な学びとなる貴重な機会です。

JIRIさん「いろいろな人たちに森と触れ合う場を提供する中で、こちらが気づかせていただくことがとても多いですね。ある時、視覚障害者の方たちを前に、薪割り体験の話をしました。そうしたら後でお手紙をいただいて、薪ってどういう形をしているのか、どうしたら割れるのか、友達と話しあったと記されていたんです。その人たちは薪がどんなものか、薪割りってどうするのか、視覚で捉えることができない。ところが私は普通の人に話をするのと同じ感覚で説明していたのです。そのため私が伝えたと思ったことは、その方たちには全然伝わっていなかったんです。私たちの仕事は自己満足では意味がありません。障がい者の方たちと接することで、伝える側の新たな課題も見えてきます」


 

モリノス誕生のきっかけの一つはドイツの林業大学との連携だった

モリノスはいったい、どんなきっかけで生まれたのでしょうか。

2014年、森林文化アカデミーはドイツのロッテンブルグ林業大学と連携協定を結びました。ドイツは環境教育の先進国。1954年に開学した同大学は森林局や営林署のフォレスター(森林管理者)の養成及び、林業とその周辺産業の人材育成を行っています。

翌年、JIRIさんたちはシュトゥットガルト近郊の「森の家」と呼ばれる森林教育施設を訪問。そのすばらしさに感動し、森林文化アカデミーで夢見ていた森と人とをつなぐ空間をつくる取り組みが始まったのです。

 

化学反応から生まれたモリノス

さっそくモリノス設立準備のため教員の萩原ナバ裕作さんを中心にチームが結成されました。それは多様な分野の人々がジャンルの垣根を超えて混じり合い、互いのビジョンを率直に楽しく共有することから始まりました。

一緒にスツールを作ったり、各地にある自然学校を学んだり、体験したり、プロジェクトアドベンチャー(PA 冒険を柱にしたアクティブラーニングプログラム)でチームビルディング(一人ひとりの個性や特技を生かしてチームをつくり上げること)を体感したり…意見が衝突することもありましたが、そんな時は対面でじっくりと話をしてビジョンを再共有しました。そうすることで思いもかけない化学反応が生まれたのです。

JIRIさん「1年かけてモリノスでできそうな体験プログラムを40以上試行しました。学校教育のプログラムを森の中で実施するにはどのような取り組みに置き換えればいいか。あるいは支援が必要な子どもたちの長期的なサポートはどのようにしたらいいかなど。やりすぎかなあと思うところもありましたが、これらの実験により、モリノスが大切にするべきことが見えてきました」

 

日本が世界に誇る木材加工技術の粋を集めたモリノス

モリノスがオープンしたのは2020年7月22日。建設にあたり、建物のデザイン原案を作り、何度もワークショップや現場に足を運んだ建築家で東京大学名誉教授(森林文化アカデミー特別教授)の隈研吾氏、アカデミーの土を使ってモリノスに左官壁を造った職人社秀平組主宰・挟土秀平氏(森林文化アカデミー客員教授)も参列し、開所式が行われました。

ファサードには白く薄化粧したエレガントな丸太の柱をWになるように配し、いつでも大空や星が見えるように、開放感のあるガラス張りの空間となっています。

モリノスの空間には柱が1本もありません。これはたくさんの人がフレキシブルに活動できるようにという配慮からです。そのために150×450ミリの集成材の大梁を天井に使用しています。

フローリングは岐阜県産スギ材 を圧密加工したもので、30ミリ のスギ板を 15 ミリまで圧縮しています。 傷がつきにくく、優しい風合いを醸し出しています。

モリノスはすべてが県産材で製材や集成材、圧密加工材など、日本の木材加工技術の粋を集めた木造建築で、至る所に気遣い(木使い)を感じることができます。

JIRIさん「隈先生には何度も現地に足を運んでいただき、アドバイスもいただきました。壁塗りも挟土さんにコツを指導していただき、下地は一緒に塗ることができました。何層にも重ねた土壁の一部は演習林の土を原料にしています。モリノスの柱材はアカデミー演習林の樹齢100年を超えるヒノキの大径木(直径30㎝以上の丸太)。12本のうち1本は伊勢神宮の遷宮用材の伐採に用いる「三つ紐伐り(三つ緒伐りという地方もある)」という斧による伝統的な手法を使って伐り出されました。連日の猛暑でへとへとになりながら、林業専攻の学生と教員が5日かけて12本すべてを搬出しました」

【名称】morinos  【意匠原案】隈研吾 
【基本・実施設計】岐阜県立森林文化アカデミー木造建築スタジオ
(辻充孝、松井匠、17 期生 坂田・大上)、株式会社三宅設計(安藤)
【設計監理】株式会社ダイナ建築設計(関口)【施工】澤崎建設株式会社(渡邊)

挟土氏による左官壁。学生たちと下塗りをした壁に秀平組の方々と共に腕を振るい、
最後はヒノキの外皮を材料に溶け込ませた土を塗ることで、
多様な県内の土の特性を十二単のように塗り重ねた壁が完成した

いつでもだれでも無料でゆっくり過ごせる読書スペース。
子どもが虫や植物を調べたり、小さなお子さんと絵本を読んだり、
森林に関する本も読み放題。

森を楽しむための無料レンタルセット

 

日々生まれ変わる新たなモリノス

モリノスがオープンして4年。これまで森をはだしで歩くはだしの森プロジェクトやモリノスカフェ、学校や団体向けの「森の空間を生かした」オーダーメイドの体験プログラムなど、数多くのプログラムやイベントを実施してきました。

JIRIさん「モリノスは森林文化アカデミーの33haという広大な演習林に隣接しています。ここには美濃市にある野外自主保育「森のだんごむし」の子どもたちやアカデミーの学生、研究者、県内外の教員、そしてさまざまな職業や立場の人々がやってきます。モリノス周辺のフィールドや演習林内に訪れた人たちの活動が刻まれることで、日々新たなモリノスに生まれ変わって行くでしょう。ぼくたちはそのお手伝いをしていきます」

 

【施設概要】
施設名:森林総合教育センター(愛称:morinos(モリノス))
開所:2020年
所在地: 岐阜県美濃市曽代88番地 岐阜県立森林文化アカデミー内    
事業内容:森林総合教育に関すること
対象年齢:すべての人
時間:10:00~16:00 
休館:火・水 年末年始
利用料金:無料 ※有料の体験プログラムもあり
連絡先:0575-35-3883
URL:https://morinos.net/

 

【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎