昔ながらの製法による豆腐本来の味と食の安全を追求(弓削銘水堂 岐阜県揖斐川町)
2024.03.19
【ここが最前線】
・国産大豆とにがりを用いて手間をかける昔ながらの製法で豆腐本来の味を追求
・豆腐ドーナツ、寄せ豆腐(おぼろ豆腐)など人気となる新商品を開発
・衛生管理とトレーサビリティに投資して生協の取引を開始
「弓削銘水堂(ゆげめいすいどう)」は、岐阜県の北西部・揖斐川町にある豆腐店。粕川(かすかわ)と揖斐川の二つの清流に囲まれ、自然豊かな町で約70年間、豆腐と豆腐製品を作り続けてきました。
店の業績を大きく飛躍・発展させたのは“豆腐仙人”こと3代目社長の弓削智裕(ゆげ ともひろ)さんです。
豆腐本来の味にこだわった製法で、真摯に豆腐に向き合い続ける弓削さんに、豆腐づくりを通して見えてきた日本の食文化と地域農業の未来についてお尋ねしました。
「弓削銘水堂」社長・弓削智弘さん
地場産の大豆から生まれる個性豊かな豆腐たち
3、4人が入ればほぼいっぱいになってしまう、こじんまりとした「弓削銘水堂」の店内。店頭には「弓削の銘水」と書かれた木綿豆腐、「大豆を使った寄せ豆腐」、「深井戸の水でつくった昔なつかしいお豆腐です」、「湯葉おぼろ」、「枝豆おぼろ」といった個性あふれる豆腐が、流水に浸されて並んでいます。豆腐にはこんなに種類があったのかとびっくりするほど。あらためて日本の食文化の豊かさを思い知らされます。
最近では豆腐の大きさもずいぶんコンパクトになりましたが、「弓削銘水堂」の豆腐は昔ながらの大きさで、ずっしりと重量感があります。食べると大豆の風味が濃厚で、ほんのり甘みも感じられ、忘れていた懐かしい味を思い出させてくれます。
弓削さん「豆腐の原料は大豆です。昔は畑で大豆を栽培し、各家庭で豆腐をつくっていました。しかし、いまや国産大豆の生産量は年間わずか15万トンほど。多くはアメリカや中国など諸外国からの輸入に頼っているのが現状です。うちではできるだけ国産大豆を使用し、中でも地元揖斐郡産の「フクユタカ」という品種を最も多く使っています。これらは“遺伝子組み換え作物ではない”ことが証明されたものです」
食の安心・安全の面から、いまやトレーサビリティは絶対条件ですが、「弓削銘水堂」ではすでに何年も前からそれを当然のこととして取り組んできました。
コスパ重視よりも安心して食べられるおいしい豆腐をつくる。そんな姿勢は豆腐づくりにも表れています。
「弓削銘水堂」では「にがり」と呼ばれる天然の凝固剤を使って豆乳を固めます。「にがり」とは海水から塩を作る際にできる苦い液体をいい、その主成分は塩化マグネシウム。ミネラルが豊富な海水から作られた天然の「にがり」は味もまろやか。大豆本来の旨味がぎゅっと詰まった濃厚な豆腐が出来上がります。
昔は「にがり」による製法が当たり前でした。ところが現在は、硫酸カルシウムや乳化剤など、にがり以外の凝固剤を用いるメーカーがほとんどだといいます。
弓削さん「にがりは温度が72℃以上、糖度が12度以上の豆乳でないと反応しません。豆腐が固まるまで、糖度計、温度計とのにらめっこが続きます。にがりによる豆腐づくりは時間もかかり、扱いも難しく、ほかの凝固剤を使用した時と比べて歩留まりもよくないのです。だからメーカーはにがりを使わなくなった。しかし、うちではコスパよりも豆腐本来の味と食の安全にこだわり、昔ながらのやり方で豆腐をつくっています」
「弓削銘水堂」では豆腐を冷蔵せず、水で冷やしている。
時間も手間もかかるだけあって価格はやや高めだが、風味は濃厚
1日2万個製造する「豆乳ドーナツ」
「弓削銘水堂」には豆腐類以外に、もうひとつの柱があります。それは豆乳を使った「豆乳どーなつ」。同商品は、揖斐川町にある本店のほかに道の駅「星のふる里ふじはし」の直売所や西濃にあるバローの各店舗、JA、コープぎふの各店舗、大手インターネットショップなどでも購入でき、1日に約2万個を生産するという大人気商品です。
「豆乳どーなつ」も豆腐と同様、栽培期間中は農薬化学肥料不使用の県産大豆「フクユタカ」からつくった豆乳を使用。揚げ油もNON-GMO(非遺伝子組み換え)の菜種油です。
独自の技術でこんにゃくの粉を配合し、1個あたりのカロリーが約93kcalというヘルシーなプレミアムどーなつもあり、たくさん食べても罪悪感がないおやつとして喜ばれているそうです。
豆乳ドーナツは1個ずつ型に流し込み、油で揚げた後サイズ分けされ、出荷を待つ。
オーブントースターで2,3分温めると表面がカリッとしておいしいという。
「弓削銘水堂」で最も使用頻度が高い原材料の岐阜県産大豆
道の駅「星のふる里ふじはし」にある「弓削銘水堂」の直売所。イートインもできる。
豆腐にも使用される濃い豆乳の入った「豆乳ソフトクリーム」が人気。
原材料に揖斐川の特産品などを生かした新商品も続々登場している。(写真提供:弓削銘水堂)
「弓削豆腐店」から「弓削銘水堂」へ
「弓削銘水堂」の創業は1945年。店を始めたのは弓削さんの祖父でした。
弓削さん「以前は『弓削豆腐店』といいました。県職員だった祖父が、退職後の現金収入を得るための手段として始めたのです。豆腐は祖母がつくっていました。そのころは各町内に豆腐屋があり、揖斐川町内でも10軒ほどあったのではないでしょうか。当時は全部手作業でしたから、1日にできるのはわずか30丁ほど。私はそんな家族の姿を見ながら育ちました」
高校を卒業した弓削さんは京都の大学に進学。卒業後は京都の広告代理店に就職します。10年ほど営業マンとして勤めた後、郷里へUターン。事業を継承するまでの約1年間、豆腐についてのさまざまな知識を得、今後の戦略を練るために、全国各地の気になる豆腐店をめぐりました。
1年後故郷に戻った弓削さんは店を法人化。名前を「弓削豆腐店」から「弓削銘水堂」へと改めました。豆腐という言葉を使わずに銘水堂としたのは、“豆腐の味を決めるのは水”だということがわかったからでした。
自然豊かで水がおいしい揖斐川町ですが、さらにおいしい水を求めて店の地下に井戸を掘ったのです。
弓削さん「地下65mから汲みあげる揖斐川の伏流水は夏でも冬でも12℃で、温度は一定。この水と揖斐川の流れによって堆積した土壌で栽培された大豆、これに天然の凝固剤であるにがりを加えることで風味豊かな豆腐ができます」
スキマ産業として成長できる豆腐店の可能性
豆腐店行脚によって弓削さんが気づいたことは、これだけではありませんでした。それは、これまでだれも気づかなかった豆腐店の可能性だったのです。
弓削さん「豆腐店は家族や夫婦だけで経営している所が多いです。そのため自分のやり方に固執して、お客さんのニーズに応えよう、もっとよくなるように改善しようという姿勢や、販売促進が見られませんでした。お客さんの声に耳を傾け、何を望んでいるのか、何が必要かをキャッチすれば、ニッチな分野ですが、事業として豆腐店はもっと成長できる可能性を秘めていると思ったのです」
新商品「寄せ豆腐」の製造・販売で年商が4倍に
豆腐店を継承した弓削さんには一つの目標がありました。それは、揖斐川の源流部にかつて存在し、“ダムに消えた村”として知られる徳山村に伝わる「寄せ豆腐」を復活させることでした。
寄せ豆腐はにがりを打って固まり始めた豆乳を寄せたもので、おぼろ豆腐ともいわれます。通常の豆腐を作るには寄せた豆腐を四角い箱型に入れて固めるのですが、寄せ豆腐はそれをしません。寄せたままの状態で器に盛っていただきます。素朴でシンプル。素材のままの味が楽しめる、とてもおいしい豆腐です。
しかし、徳山村が消滅すると同時にこの貴重な食文化の継承も叶わなくなりました。
弓削さんは豆腐店行脚の途中で知り合った岡山県の豆腐店から手寄せの技法を学び、
「弓削銘水堂」で製造・販売したところ、大好評。最高で1日6千丁を売り上げる大人気商品となったのです。
折しもNHKの朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」で寄せ豆腐がブームに。全国から弓削さんのもとに「寄せ豆腐の作り方を教えてほしい」との依頼や注文が殺到するようになりました。
これによって、年商3千万円ほどだった売り上げが、翌年には1億2千万円ほどに伸びたといいます。
弓削銘水堂でも手寄せが出来る従業員は二人だけ。それだけ難しい寄せ豆腐。
機械では決してできない技術だ。
経営危機を乗り越え、生協との取り引きを開始
しかし、番組終了と同時に寄せ豆腐ブームも下火になり、最高で3億円あったという売り上げは6千万円にまで急降下。そこで弓削さんは、生協との取り引きを決意。衛生管理や食の安心・安全の基準を満たすための厳しい指導を受け、トレースできる書類の書き方や従業員教育に着手します。
弓削さん「毎月、衛生管理とトレーサビリティに3000万円を投資。もう一度、消費者の豆腐に対するニーズをつかまえようとしたのです。さらには30人いた従業員を20人に減らすなどすることで苦境を乗り切りました」
安全な食の提供が日本の農業を守ることにつながる
生協に豆腐を卸すようになったことで、弓削さんはよりいっそう、衛生管理や食の安心・安全を意識するようになりました。
弓削さん「かつては約5万件あった豆腐屋が、今では約4千件になってしまいました。衛生管理のできていない店がどんどんつぶれているのです。それだけではありません。豆腐ではなく、“豆腐のようなもの”をつくっているメーカーがほとんどになってしまいました」
今、弓削さんは日本の農業の危機的状況に愁い、機会があれば農業関係者や消費者の前で話をしています。
弓削さん「今の日本の食糧自給率は38%っていうけど、実質は10%もありません。だからこそ国産にこだわり、国産や安全性を意識して農業を行っている農家を支援し、消費者につなげるのはとても大切な仕事だと思います。農薬はものすごく圃場を傷めるんですよ。田んぼは土の流出を防いだりして環境負荷を軽減するのにとても役立ちます。ですからその役割はとても大切なんです。農作業などにおいても生産性が重視されてきましたが、食の旨味や温かみ、栄養価の面をもっと大切にするべきだと思います。豆腐は和食には欠かせない素材の一つとして、古くから日本人に親しまれてきました。だからこそ、学校給食などで使っていただき、子どもたちに「これなら大丈夫」という安全な食を提供していきたい。そうすることが結果的に日本の農業を守ることにつながっていくと思います」
【会社概要】
会社名:弓削銘水堂
代表者名:弓削智裕
創業:1945年
所在地: 岐阜県揖斐郡揖斐郡揖斐川町下岡島169−1
事業内容:豆腐及び豆腐製品の製造・販売
連絡先:0585-22-0528
URL:https://www.yugemeisuido.com/
【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎