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東海最前線

地域振興のコンサルティングから、はちみつショップ開業、カフェ併設へと進化、人々に交流の場を提供

2022.11.15

社会・地域

【ここが最前線】地域振興のコンサルティングから転身、ショップ・カフェ経営を通して生産者との消費者の橋渡し・地域に交流の場を提供

岐阜市の北西部・本郷町には通称本郷けやき通りと呼ばれる並木道があります。1981(昭和56)年に101本のけやきが植樹されたのが始まりとされ、今では約600mの区間に高さ12mほどのけやきの大木が見事なアーチを形作っています。

春から夏にかけては青々とした葉を茂らせ、秋には紅葉、冬には雪景色と四季折々の移ろいを感じさせてくれる、市民の憩いの場でもあります。

けやき通りと都通りの交差点の南側に郵便局があり、その隣りにあるのがはちみつと雑貨のお店「ふーちゃんSHOP(Café なみきみち)」です。国産100%のはちみつやおいしいもの、体に良いものを扱っており、店の奥はカフェスペースになっています。

店長の「ふーちゃん」こと藤本芳徳(ふじもと よしのり)さんの前職は、シンクタンクの研究員。カフェを始めることになったいきさつを伺いました。

 

けやきの木陰のように、人々の暮らしに憩いと潤いを与える空間をつくる

「ふーちゃんSHOP(Café なみきみち)」が岐阜市の本郷けやき通りにオープンして、今年で11年になります。このお店は国産はちみつを中心としたセレクトショップで、2年前に一部を改装して、店内にカフェスペースとお菓子工房が加わりました。

けやきの大木が立ち並ぶ本郷けやき通り。梢が町に優しい影を落とす。

けやき通り沿いにある「ふーちゃんSHOP(Café なみきみち)」。

入り口付近にはたくさんのはちみつが並び、岐阜県産をはじめとする国産中心の品揃え。どれも藤本芳徳(以下「藤本さん」)さんと奥様の智子さんが厳選した逸品です。百花をはじめ、れんげやそよご、アカシア、野ばらなど、はちみつは種類によって色や風味が全く異なるのも魅力の一つ。「ふーちゃんSHOP」では購入前にはちみつのテイスティングができます。

国産はちみつを中心に、高い抗菌力(抗炎症力)を持つとされるニュージーランド産の
マヌカハニーや、はちみつ関連の雑貨、岐阜県産のお茶や牛乳なども販売。

はちみつのテイスティングの準備をする智子さん。国産だけでも15種類以上を常備。

カフェの席数は、全10席と決して多くはありません。一般には、席数を増やし利用客の滞在時間を短くして回転数を上げ、いかに稼働率をアップするかに注力しますが、「ふーちゃんSHOP」はその逆。できるだけお客様に心地良く過ごしてもらうことに重きを置いています。

藤本さんは「ほっとする場所を提供したいから。結果的に物販にもよい影響がある」といいます。

暗くなると庭側のウインドウにペンダントライトが映えて、とてもきれい。カフェではオリジナルブレンドコーヒーとともに、藤本さんお手製のカスタードプリンやレアチーズケーキなどのスイーツを味わうことができます。

都市と農山村との関係に関心を寄せ、都市計画の立案やコミュニティ政策について学ぶ

藤本さんと智子さんは共に京都府の出身。藤本さんは京都府立大学生活科学部(当時)で都市計画やまちづくりの基本を学びました。さらに大学院に進学し、コミュニティ政策や密集市街地の再生などについて、フィールドに出て実践的な研究を積み重ねました。

(藤本さん)「私が指導を受けた先生が『都市は農村に浮かぶ島のようなものだ』とおっしゃったことが印象に残っています。それは、都市と農村は密接に結びついており、都市は周辺の地域に支えられて存在しているという例えです。私自身は、大都市圏郊外の住宅地で育ったので、田舎の暮らしに対する素朴な憧れもありました。地元以外の地域のこともよく知らないと本当の仕事ができないと思ったことが、就職先として中部圏を選んだきっかけのひとつです。」

 

藤本芳徳さんと智子さん。芳徳さんがイベントで外に出る日は、
智子さんが一人で売り場とカフェを切り盛りする。Twitterの更新も智子さんの担当。

 

名古屋市内のシンクタンクで地域振興に携わる

藤本さんは、大学院の修了後、名古屋市内にある公益法人のシンクタンクに研究員として1992(平成4)年に就職しました。仕事の内容は、国県市町村や外郭団体、商工業者の組織などの抱えるさまざまな課題に対して、専門的な立場から指導するコンサルティングや、政策提言への調査研究など、いわゆる地域振興に関わるものでした。

1994(平成6)年に、大学時代の後輩にあたる智子さんと結婚。それを機に住まいを名古屋市から岐阜市に移し、毎日職場へ通うという暮らしが始まりました。住み始めて気がついたのは、岐阜という土地のすばらしさでした。

(藤本さん)「豊かな自然と文化に恵まれ、個性的な地場産業も盛ん。落ち着いていてとても暮らしやすいし、住んでいる人たちも親切。年数が重なるにつれて、もっと岐阜のことを知りたい、ずっとこの地で楽しく暮らしたい、と考えるようになりました。」

 

10年目に独立して事務所を構え、生き方を模索

藤本さんは満10年を区切りとしてシンクタンクを退職。すでに景気は後退局面にあり、忍び寄る地域社会の衰退の足音が聞こえる中、藤本さんは職歴と専門性を生かした独立コンサルティング事務所の開業に踏み出します。

また仕事の傍ら、それまでの忙しい職場では果たせなかった、自治意識に基づく住民の自発的な地域活動への参画、そして現場での実践をめざして、当時岐阜で芽生えつつあった、住民と行政等との協働の現場へ足を踏み入れることにしました。ボランタリーな立場で、岐阜県内や愛知県内のNPOセクターの支援団体への協力や研究活動を通じて、海外の研究者、実践家などとのネットワークを意欲的に拡げていきました。

そんな時、藤本さんは「NPO法人 樽見鉄道を守る会」の当時の代表者から招かれて総会に参加したのが縁で、同会の活動を会員としてサポートするようになります。

樽見鉄道は、岐阜県内の第3セクター鉄道のひとつであり、旧国鉄から分離した発足当時は全国的にも「優等生」と評されるほどの経営を誇りましたが、後に収益構造の転換の遅れから慢性的な赤字経営に落ち込み、その頃、将来の存廃が議論されるようになっていました。

(藤本さん)「このまま放っておくと、また大事な宝物が岐阜からなくなってしまうのでは」そう心配していた藤本さんは、総会で語られた守る会の理念に共鳴し「自分でも何かお役に立てることがあれば」と考えていたところ、改めて代表者からの直接の依頼があったことから、この活動にボランティアとして参加し事務局を引き受けることにしました。

NPO活動は多岐にわたりましたが、徐々に地域のインフラとしての公共性や地域経済の活性化にも役立つ公益性が認められるようになり、岐阜県と沿線の5市町(大垣市、瑞穂市、本巣市、北方町、揖斐川町)の理解と支援、樽見鉄道自身の経営努力、多数の沿線住民や学校、企業などの協力が実って、樽見鉄道の問題は存続の方向で動き出しました。

現在も、藤本さんは同会の立場で地元のラジオに定期的に出演するなど、樽見鉄道や沿線地域の魅力を明るく伝え続けています。

 

岐阜に根ざした仕事を起こそうと、商いの道へ

樽見鉄道の存続活動が一段落したところで、藤本さんは活動で得た経験から、行政や地域コミュニティの話とは異なる民間の事業経営については実務経験がないに等しく、この分野での実践が必要だと気がつきました。「地域で頑張る人への応援も大切だが、これからは自分が地域で頑張る人にならないと」と、起業への道を選びます。

そこで、当時の岐阜県が地元経済の新しい担い手育成策として立ち上げた「ぎふ起業家育成塾」事業に着目、第一期生として半年間受講し、経営者になるための学びを始めました。自身の事業プランをつくるのが最終課題でした。藤本さんは今までクライアントの依頼で計画をつくる仕事をしてきましたが、「自分のことを計画するのは初めてで難しかった」と振り返ります。

(藤本さん)「岐阜、特に農山村に人が住み続けるためには、地の利を生かした所得の道を地域よりも小さな単位でつくることが課題です。始めは岐阜県内の旅行振興を事業化できないかと考え模索しましたが、次いで自分のてこに合う仕事として頭に浮かんだのが、特産品を都会の人に買ってもらう事業でした。」

(藤本さん)「ただ、自分でも何が岐阜の特産品なのかよくわからない…。ふと気づいたのがはちみつでした。以前仕事で県内を調査した際に、現地で口にしたはちみつがとてもおいしかったので自家用に購入したものが食卓にあったのです。これなら自信をもって人に勧められる、そう思って、ビンのラベルを頼りに県内の養蜂家を直接訪ねてお願いし、商品を少しだけ分けてもらいました。」

このようないきさつを経て、まずはネットショップとして「ふーちゃんSHOP」を開き、はちみつを手始めに岐阜県の特産品の販売活動を始めたのです。

 

ネットショップから対面販売へ 専門性を高めることでマーケットは広がる

ところで「ふーちゃんSHOP」という名前は、守る会の代表者のお孫さんが藤本さんを「ふーちゃん」と呼んでくれたことからなのだそう。

(藤本さん)「私はこちらに来てから『藤本さん』と苗字で呼ばれるばかりで、ニックネームで呼ばれたことがありませんでした。親しみを込めてそのように呼ばれたのがとても嬉しくて、その気持ちをお店の名前に込めました。」

ただネットショップを開いたものの、なかなか販売実績が伴いません。そんな頃、JR岐阜駅前の岐阜シティ・タワー43前の広場でマルシェが開かれていることを知った藤本さんは、すぐに申し込み、イベントでの対面販売を始めます。

(藤本さん)「この時は、はちみつだけではなく、他の地場産品もあれこれと並べて販売していました。しかしなかなか簡単には売れません。やがて、はちみつは細々と売れることがわかってきました。そこで思い切って並べる商品をはちみつだけにしたところ、ある時、前を通ったお客さんに『はちみつやさん』と呼ばれたのです。『自分は今はちみつを売っているのか』と改めてそう気づき、それからはちみつにこだわって商売をすることにしました。」

専門性を高めることでマーケットが広がることを学んだ藤本さんは、はちみつについての知識を深め、マルシェ出店の際には手書きののれんを掲げ、手づくりの通信を配るなどして、はちみつ専門店としてマルシェへの出展を重ねていきました。

開催日が限られるマルシェだけでは足りない、と考え始めたころ、たまたま智子さんもそれまでの勤めを辞めることになり「それならば二人で働けるお店にしてみようか」と方針がはっきりとしてきました。ほどなく今の店舗を構える物件と出会い、2011(平成23)年10月に実店舗としての「ふーちゃんSHOP」をオープンしました。

 

店はお客様と取引先をつなぐもの 心がけるのは信頼に応える店づくり

実店舗のオープン後、マルシェの出店仲間から頼まれて、彼らが生産した地元の農産物などを置くようになりました。また、お客さんからのリクエストに応じ続けた結果、はちみつだけでなく、岐阜県産の商品もどんどん増えていきました。

(藤本さん)「お店は私達だけでなく、来てくださるお客様のものであり、また商品を提供して下さる生産者などお取引先のものでもあります。このお店が岐阜のものを求める人と地元の生産者との橋渡しをすることで、微力ですが地場産業の発展にも貢献したいです。私たちが選んだ『おいしいもの、体に良いもの、岐阜のもの』が購入できる、セレクトショップとしての役割を持ったお店づくりをしていきたいと考えています。」

はちみつのテイスティングができるようにしたのも、以前、智子さんと二人で国内旅行した時、おみやげを買うために立ち寄った山梨県内のある小さなワイン醸造家のお宅で、気軽に試飲を勧められたことがとても嬉しかったからなのだそう。はちみつのテイスティングはとても好評で、お客様からの評価にもつながっているようです。

テイスティングは二人の実体験から発案。
15種類以上もの国産はちみつの味見ができる店は珍しい。

 

物販を土台にカフェ開業へ 新しいお店のかたちにチャレンジ

物販の経験が重なるにつれて、二人はカフェ開業の必要性を強く感じるようになりました。

(藤本さん)「はちみつを販売していると、お客様から『ここでお茶が飲めたらうれしいな』というお声をたくさんいただくようになりました。そう言われてみると、いつの間にかこのお店の中にはカフェが開けるだけの食材が揃っていることに気がつきました。そこで、お店にある材料を使ってお菓子を作れば、もっとこの場所を活かせるのではないかと思ったのです。」

お菓子づくりは全く経験がなかった藤本さんは、マルシェで知り合った洋菓子教室の先生を訪ね、思い切って入門。

(藤本さん)「50歳を過ぎて、ここで自分を今一度鍛え直すためにも、物販の経験を土台に製造の仕事にチャレンジしていこうと、経営の新たな目標を定めました。」

修業中はまるで昔の徒弟制度を思わせる厳しさだったそう。それだけに「これなら売ってよし」と師匠からお墨付きのことばをもらった時は、涙が出るほど嬉しかったといいます。これを機に、製造機器への投資のほか、課題であった店舗改装にも取り組み、2020(令和2)年5月、「ふーちゃんSHOP」は店内にカフェスペース「Café なみきみち」をオープン、お店は新たなフェーズを迎えました。

カスタードプリンは大きくてかため。昔ながらの懐かしい味。
レアチーズケーキは甘さ控えめでさっぱりしていて男性にも人気。
今後はスイーツの品揃えを増やしていきたいという。

 

ターニングポイントは自分の意思で選び取る

(藤本さん)「仕事を通じて友達や近所の知り合いが増えたことが一番うれしいです。このお店は、お買物はもちろん、最寄りのカフェとしても地元の町内会の会合など、地域の方々の交流の場にご利用いただいています。そして、子育て夫婦、ご老人、車いすを使う方、手話を使われる方、盲導犬に白杖をお持ちの方…と、実に様々な方がこのお店をご利用になります。かつての仕事において社会の要請で描いていた抽象的な『市民』や『事業者』としてではなく、私達の大切な一人ひとりの『お客様』や『お取引先』として。」

「ふーちゃんSHOP(Café なみきみち)」には、こんな藤本さんや智子さんを慕ってか、自分の身の振り方の話し相手を求めてお茶を飲みに来る人も時々みえるということです。

誰しも人生にターニングポイントは訪れるものですが、周囲に流されるのではなく、自分の意思で選び取っていくことが大切。今後も「ふーちゃんSHOP(Café なみきみち)」は本郷通りがそうであるように、まちの憩いの場として、あるいは岐阜とその他の地域をつなぐ場として、人々に愛されていくことでしょう。

 

【会社概要】
ふーちゃんSHOP(Café なみきみち)
代表者:藤本芳徳
設立:2011年
所在地:〒500-8302 岐阜県岐阜市本郷町5丁目24 本郷 ビル 1F
事業内容:国産はちみつや岐阜県産などの食品、オーガニック雑貨の販売・手作り菓子の製造販売・カフェの経営
連絡先: lovegifu@alpha.ocn.ne.jp
電話:058-253-4182
URL:http://fuchanshop.web.fc2.com/

 

【取材・文・撮影】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎