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耕作放棄茶園の茶の実を有効活用、茶実油(ティーシードオイル)を抽出してスキンケアオイルなどを製造販売する「たねのしずく研究所」 (岐阜県揖斐郡揖斐川町) 

【ここが最前線】耕作放棄茶園を有効活用して茶実油(ティーシードオイル)を生産販売し、地域の活性化を促進する

青空と一面の茶畑を背景にほほえむのは、「たねのしずく研究所」の所長・山田泰珠(やまだ たいじゅ)さん。おや、どこかで見たことが…と思った方もあるかも。それもそのはず、山田さんは2017年12月2日に放映された「天空の楽園」に出演。タイトルは「岐阜・揖斐川町~天空の茶畑に広がる夢~」でした。

あれから4年。山田さんの事業はますます広がりを見せています。揖斐川町だけでなく、日本各地の耕作放棄茶園から集まってきた無農薬の茶の実から茶実油(ティーシードオイル)を抽出し、スキンケアオイルやその関連商品を生産販売しています。それでは山田さんと茶の実との出会いから物語を進めていきましょう。

 

町から遠く離れた標高300mの高所で元茶工場を事業拠点に

岐阜県西濃地方の西北部に位置する揖斐郡揖斐川町。同町は平成の大合併で、滋賀県長浜市や福井県とも境を接するようになりました。平野部には粕川(かすかわ)、揖斐川という二つの河川が流れ、粕川流域には徳川3代将軍・家光の乳母を務め、大奥を支配した春日局が生まれたとする伝承が残ります。局(つぼね)の父で明智光秀の家来であった斎藤利三(さいとう としみつ)は白樫(しらかし)城(現揖斐川町白樫にあった)の主で、局はここで生まれたとも言われています。

さて、この粕川に沿って春日薬草街道と呼ばれる県道32号が通っており、この道を遡った所がかつての春日村(現揖斐川町春日地区)です。山田さんの拠点があるのは春日の中でも標高約300mという高所。昨年から元茶工場だったという町の施設を借りて運営していますが、搾油機やビーカー、さまざまな容器などが置かれた事業所は、ラボ(実験室)のよう。奥にはお茶を製造するための道具や機械がまだそのまま残されています。

▲「たねのしずく研究所」外観

▲元茶工場を借りて運営されている「たねのしずく研究所」

 

オレイン酸とビタミンEが豊富なティーシードオイル

山田さんがティーシードオイルに興味を持ち、事業に取り掛かったのは2016年の秋。今年でちょうど5年目となりました。2017年の秋には茶の実を収穫し、翌年1月にはティーシードオイルを使ったバーム(水分をほとんど含まない、美容オイルをベースに作られた軟膏)作りのワークショップをスタート。これまでに各地で90回実施し、参加者はのべ700名に上ります。

▲ワークショップの参加者を前に説明する山田さん

現在「たねのしずく研究所」のオリジナル商品は、ティーシードスキンケアオイル・ティーシードバーム・ティーシードオイルミール(オイルを搾った後の粕を細かく粉末状にしたもの。天然の多用途洗浄剤)の3種類。どれも「SOL.」というブランド名で販売されています。

ティーシードスキンケアオイルは肌に塗るとすぅっとなじんでべた付きもほとんどなく、吸い込まれていくよう。顔を洗った後オイルを1〜2滴手の平に垂らし、人肌の温もりで少し温めてから顔に優しく押し当てるようにして付けるのが良いとのこと。肌が濡れた状態の方が、オイルと一緒に水分が肌に浸透するので、より効果が期待できるそうです。

SDGsが叫ばれ始め、人に優しく、環境に良いコスメを求める人が多い現代社会において、「SOL.」の商品はじわじわと世の中に浸透しています。

▲「SOL.」の商品
左:ティーシードスキンケアオイル(10ml/4,400円)、中央:ティーシードバーム(5g/1,210円)、
右:ティーシードオイルミール
「SOL.」は、本物のオーガニック・ナチュラルコスメの指標となる13の基準を満たした製品を推奨する
「リアルオーガニック・ナチュラル®コスメ」の認定を受けている

 

強い抗酸化作用でエイジングケア効果に期待大

ところで、天然のティーシードオイルはなぜ、肌に優しいのでしょうか。その秘密は原料となるお茶の実の成分にありました。「お茶の木はツバキの仲間。ツバキ科の実から採れる椿油(つばき油)は昔からヘアケアやスキンケアのほか食用油としても広く利用されてきました。日本原産のヤブツバキから採取される純国産の油は“ツバキ油”と表記され、ほかとは区別されています。弊社のティーシードオイルは国産100%で無農薬のお茶の実を低温圧搾法で搾油したもの。オレイン酸とビタミンEを豊富に含み、強い抗酸化作用が期待できます。小さなお子さんや肌トラブルのある方にも喜んで使っていただけます。酸化防止剤や防腐剤、香料などの添加物は一切使用していません。」

 

セカンドライフを模索するうち、春日の在来茶と出会う

それにしても、お茶の実から油とは…意外な発想にビックリです。同じ岐阜県の西濃地区に生まれ育った私にとってもお茶の木は身近な存在でした。家の敷地内にはお茶の木が自生し、母はその葉を摘んでお茶を作っていましたし、お茶の木は家と家とのボーダーラインとして植えられていました。でも、お茶の実はままごとの材料にするぐらいで、それが利益を生むとは考えもしませんでした。

いったいなぜ、山田さんはお茶の実を利用することを思いついたのでしょうか。山田さんにティーシードオイルに至った経緯を尋ねてみました。

山田さんは名古屋生まれの名古屋育ち。両親は共に揖斐川町の出身で、戦後、名古屋に出て紳士服の店を開業。おとうさんは紳士服のデザイナー、パタンナーとして、主に「名鉄百貨店」で販売する紳士服の仕立てなどを任されていたそうです。

大学を卒業した山田さんは外資系のエレクトロニクスメーカーに入社。約30年にわたり、東京で暮らしていましたが、2002年におとうさんが亡くなり、2008年のリーマンショックでのリストラを機に退職。おかあさんの珠恵(たまえ)さんが一人で暮らす名古屋に戻ってきたのです。

Uターンした山田さんはセカンドライフを模索しながら両親の足跡をたどるうち、春日を知ります。「両親は揖斐川町の出身でしたが、春日は同じ揖斐郡でも未知の土地でした。でも何度か通ううち、お茶農家さんと知り合い、春日がお茶の産地であること。それも現代では大変珍しくなった、在来茶の産地であることを知ったのです」

▲標高300m地点にある春日の茶畑。ここからの眺めはすばらしい。
この辺りの茶畑は手入れが行き届き、周囲には集落がある。

在来茶とはなんでしょうか。日本茶にはヤブキタやベニフウキなどの品種がありますが、これら品種物(ブランド物)のお茶は挿し木によって増やされ、同じ風味を持つ安定した品質のお茶となります。現代の日本では圧倒的に品種物のお茶が多く栽培されています。

しかし、中には種がこぼれて自然に生えてくるお茶の木もあります。これら実生(みしょう)のお茶を在来茶と呼びます。在来茶は挿し木で増えるお茶のように品質が安定しません。樹形も葉の形も風味もお茶の木によって異なります。しかし、その根は地中深く伸びて栄養分を蓄え、風味豊かなお茶になると言われています。

春日では在来茶ばかりではなく、品種物のお茶も栽培されています。しかし、ほかの地域ではすでに見られなくなった在来茶がまだ多く残っている、とても貴重な場所なのです。

 

人が入らなくなった耕作放棄茶園には宝物がいっぱい!

お茶農家を手伝うようになった山田さんは、マルシェなどに出店して春日のお茶を販売。耕作放棄茶園を借り受けて、自ら茶園の世話をするようになります。そこで目にしたのは、たくさんのお茶の実でした。

きちんと手入れされた茶園ではお茶の木が実をつけることはありません。なぜなら、お茶の葉を採る茶園では良い葉を作るために施肥します。お茶の木は肥料を得ると花を付けないのです。また人の手が入る茶園では、定期的に剪定することで花芽が刈り落とされてしまいます。このようにお茶の葉を収穫する茶園では、花や実が付かないような栽培方法になっているのです。

しかし、耕作放棄茶園には人の手が入らないため、秋になるとお茶の木には可憐な白い花が咲き、たくさんの実がなります。山田さんは本来お茶農家にとっては不要な実に注目したのでした。

「こんなにいっぱいお茶の実がなっているのに、活用しないのはもったいない。何とかできないだろうか」

研究熱心な山田さんはお茶の実について調べるうち、茶実油すなわちティーシードオイルに行きついたのです。

 

不要とされていたお茶の実が地域を潤す力になる

ティーシードオイルという思いがけない宝物を得た山田さんは、お茶の葉の販売からシフトチェンジ。冒頭で紹介したように、マルシェやさまざまなイベントで茶の実からオイルを搾るワークショップを開催するようになりました。

「茶の実の収穫にはボランティアを募りますが、地元の人が採ってこられたものも買い取っています。わずかでも地域が潤えばと思って…集めた茶の実は殻を割って中身を取り出し、粉砕したものを圧搾機に入れて油を搾ります。茶の実の殻を割るのは揖斐川町の隣の大野町の社会福祉協議会の就労支援センターにお願いしています。耕作放棄茶園を活用することで、地域が元気になったら嬉しいですね」

▲お茶の実の脂肪分を圧搾することで、純度100%のティーシードオイルが採れる

 

里山の豊かさを守り、暮らし続けられるまちをめざして

ティーシードオイルを搾った後は、茶の実の殻と粕(かす)が残ります。山田さんはこれらを再利用。茶の実の殻「たね殻」は草木染の染料に、天然の洗浄剤である天然の洗浄剤であるサポニンが含まれている粕は多用途洗浄剤として。茶の実には捨てるところがありません。これこそまさに究極のSDGs。サスティナブルなものづくりです。

2021年9月16日~18日には東京の浜松町の「都立産業貿易センター」の「浜松町館」で行われるナチュラルコスメのイベント「第6回オーガニックライフスタイルEXPO2021」に出展。また11月17日~23日には名古屋の松坂屋で開催される「リアルオーガニック・ナチュラル®フェア」に、4人の作家さんと共にたね殻染めのブースも出展する予定です。

2011年の東日本大震災、そしてコロナの感染拡大を受けて、日本の社会は大きく変わりつつあります。そんな中で、今、企業に何が求められているのかを考える時、大地に足をつけた山田さんの事業は今後ますます多くの人々に受け入れられていくことでしょう。

▲たね殻から抽出された液で染めることにより、こんな美しい製品が生み出されます

 

【会社概要】
たねのしずく研究所(たねのしずくけんきゅうじょ)
設立:2021年3月
URL:https://seedoillab.com/事業内容:100%国産・天然オイル「たねのしずく」のスキンケアアイテムを開発
代表者:山田泰珠
所在地:〒501-0627 岐阜県揖斐郡揖斐川町市場1468 
E-mail: info@seedoillab.com

 

取材・文・撮影
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまで
ライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘り
することで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎  https://satoyamakikakunanohanasha2020.jimdofree.com/