東海地方発、世の中にインパクトを与える企業・団体・個人の最前線の情報を届けます。

東海最前線

名古屋で13年間続けたビストロを閉め、三重県いなべ市で開業した「食肉加工屋FUCHITEI」(三重県いなべ市) 

【ここが最前線】名古屋市からいなべ市へ移住 ジビエの加工にも力を入れるシャルキュトリー

名古屋市天白区で13年間「FUCHITEI a vous」を経営していた
泓昂溫(ふち たかはる)さんは、
三重県いなべ市にオープンする「にぎわいの森」に出店してみないかという
オファーを受け、ビストロをクローズして、いなべ市に移住。
新たに食肉加工屋「FUCHITEI」をスタートさせました。

オープンしてまもなく3年。さまざまな葛藤を乗り越えて、泓さんは今、
ようやく手ごたえをつかみかけていると言います。
シャルキュトリー(食肉加工品)として定番のソーセージのほか、
テリーヌの製造・販売も行うようになり、
今後はいなべ市で捕れた鹿肉の加工などにも力を入れ、
地域の活性化につながるような事業展開をしていきたいそうです。

「食肉加工屋FUCHITEI」の泓昂溫(ふち たかはる)さん

 

 

森の中にたたずむ小さなヒュッテで味わう高級ファストフード

「にぎわいの森」はいなべ市庁舎に隣接するショッピングとグルメのスポット。
5店舗と規模は小さいながら、オシャレで特色のある人気店が並んでいます。
2019年に同市の新市庁舎ができるとともにオープンしました。

「食肉加工屋FUCHITEI」は自然に近い形で植樹された森の奥まった場所にたたずみ、
木々の間から垣間見える建物は旅人が疲れを癒すヒュッテ(小屋)のよう。

小雪がちらつく中、「FUCHITEI」の中に見える灯りにとても暖かいものを感じる

 

添加物を使わない自家製のシャルキュトリーは野性味あふれるおいしさ

「FUCHITEI」のこだわりは添加物を使わない自家製のシャルキュトリー。
なかでもソーセージは名古屋時代からの人気メニュー。
豚肉・水・塩・数種類のスパイスを材料として薪火で焼き上げる逸品です。
ソフトなコッペパンに挟み、スパイシーなピクルスをのせ、表面を焚火であぶって
焼き目をつけたホットドッグは、ソーセージの皮もパリパリでとてもジューシー。
肉汁からあふれだす旨味とパン生地のほのかな甘味が口の中で溶け合い、
シンプルですが野性味あふれるおいしさです。

ボイルソーセージ 1本食べるだけで十分な満足感が味わえる。皮がパリパリで歯ごたえもよい。

食肉加工品には数多くの添加物が使われているというイメージがあります。
泓さんは実態を知ると自分の家族にも、お客さんにも、
添加物を使った食品は出したくないと、
一切添加物は使用していません。肉そのものの素朴な旨味が味わえます。

 

子どもの頃から夢はフレンチの料理人だった

泓さんの実家は岐阜県瑞穂市。お寺の次男として生まれた泓さんでしたが、
子どもの頃から食へのこだわりや関心が強く、
夢はフレンチの料理人になることだったそうです。

「母がフランス料理の本を持っていたりして、料理好きだったんですよね。
 だからフランス料理って刷り込まれちゃったのかもしれません。
 とにかくぼくは昔から味にうるさくて、生クリーム一つとっても
 この味はぼくが好きな味じゃないと…あれこれ探して、
 けっきょくケーキ屋さんで購入したということもありました。
 3人兄弟姉だったんですが、自分だけほかの二人とお弁当が違う。
 今思えば、母はずいぶん苦労したと思います (笑)」

 

高校卒業後は大阪のリーガロイヤルホテルで修業を積む

高校卒業後、泓さんは迷うことなく、大阪のリーガロイヤルホテルに就職。
料理人としての第一歩を踏み出しました。

「パーティや婚礼など宴会を担当する部署に入ったのですが、
 当時はバブル全盛期でしたのでたいへん忙しかったですね。
 早朝から夜の11時ごろまで普通に働いていましたから」

「6年間同ホテルに勤務しながら、成田にあった同系列のホテルに出向しました。
 成田で国際線の飛行機が飛んでいくのを見ていたら、
 フランスに行きたくなっちゃって、退職してフランスに行ったんです。
 フランスでは語学学校に通いながら良さげなお店を見つけて
 働かせてもらっていました。その間、有名な料理店に手紙を書いて送って、
 返事待ちみたいなことをしていましたね。
 みんな、そんな感じでした。でもこのやり方だと、働かせてはもらえるけれど、
 給料はもらえないんです。そんな生活を3年間続けていったん帰国しました。」

 

憧れのフランスでフレンチの料理人になる

帰国後は名古屋の老舗洋食屋「マ・メゾン」で働き、
パティシエールをしていた奥様と結婚。その後は夫婦で再びフランスに渡りました。

訪れたのはフランスの南東部、イタリアとの国境にあるサヴォワ地方。
かつてはイタリア王国の始祖の領地だった所です。
友人の店で働いていたところ、スカウトされて宿泊付きのレストランへ。

「当時は正統派のフレンチがメインでしたが、暇を見つけては郷土料理や
 ソーセージ、ハム、チーズなどを食べ歩いたりしていました。
 オーナーさんがとても人気者でいつもにぎやかでしたね。
 朝はオーナー、昼と夜は私たち夫婦が料理を担当していました」

 

名古屋で念願だった自分の店「FUCHITEI à vous 」をオープン

2年後、二人は帰国。念願のフレンチの料理店を名古屋市天白区にオープンしました。
その名は「FUCHITEI à vous」。読者の中にはご存じの方もあるのではないでしょうか。

「妻の実家が安城だったので、名古屋だったらなじみもあるし、
 ちょうどいいんじゃないかって決めたんです。フレンチの店にもいろいろ格があって、
 気軽な方から言うとカフェ・ブラッスリ―・ビストロ・レストランですね。
 レストランが一番高級なんですけど、ビストロは大衆食堂のイメージ。
 レストランみたいにお酒や食事も提供するけれど、もっと庶民的で価格もお手頃。
 入りやすいのがビストロです。料理もコースではなく、ドカッと盛って、
 そこからみんなで取り分けてもらうスタイルをメインにしていました。」

 

名古屋の店をクローズしていなべ市に移住した理由とは

「FUCHITEI à vous 」にはなじみのお客さんが多く、とても繁盛していました。
いなべ市からオファーがあったとはいえ、13年間続けてきた店をクローズして
移住を決意するまでには、いろいろ葛藤があったのではないでしょうか。

「妻の反対もあり、当初は名古屋といなべの両方で店をやろうと考えていました。
 しかし、それだと私が両方を行き来することになるので、体力的にきついだろうなと…
 名古屋の店でもかなり忙しかったので、
 その時以上にきつくなるのは目に見えていましたから。
 それに私はもともと経営者というより、職人気質なんです。
 店の経営を考えるより、一日中仕事に打ち込みたいタイプ。
 ですから2店舗経営は難しいだろうと考えて、妻が決断し、名古屋の店は閉めて
 一家でいなべ市に移住することに決めました」

 

食肉加工に特化した高級ファストフード店として新たなスタートを切る

実はいなべ市には以前取引のあった野菜農家があり、
収穫の手伝いをしたこともあったそうで、
泓さんにとって未知の土地ではありませんでした。
そして何よりいなべ市は、泓さんのおじいさんの出身地だったのです。

またいつかは名古屋の店を閉めて田舎に行きたいという思いもあり、
ひそかに土地を探していたのだそう。

「奥さんにも話しましたが、あまり本気にはされませんでした(笑)」

いなべ市への移住は、泓さんにとって夢の実現でもあったのです。

「ぼくはオーダーをもらって料理するというのは、ほんとは性に合わないんです。
 できることなら黙々と仕込みをしていたい。ものづくりに専念したいタイプ。
 ですから業態を変えてファストフード店をやろうと考えた時、
 どうしたらソーセージが売れるかを考えてホットドッグに決めました」

窯に火を入れ、ホットドッグに焼き色をつける泓さん
焼きあがったばかりのホットドッグ。この焼き色がまた食欲をそそる。パンは名古屋市の「プーフレカンテ」の品。パン生地は行列のできる食パンと同じものを使用。

 

名古屋でずっとレストランを営業し、レストランの経営やお客様を喜ばせる
ノウハウはそれなりに培ってきましたが、いなべ市に来てからは
ファストフード店なので、勝手が違います。接客時間も大変短いです。

加工肉も、それまでは大量に作ったことがなかった泓さんにとって、
何もかもが手探り状態で、3年目にしてやっと手ごたえをつかみ始めたといいます。

「でも嬉しいことに名古屋ではやりたくてもできなかったことができるので、
 来てよかったなと思いますね。家族との時間もとれますし、
 将来についてもこの先いろいろと考えていけそうな気がします。」

店内のイートインスペース。森の中の隠れ家的雰囲気。

 

ホットドッグと並んで、総菜系のテリーヌも登場

昨年から新たなメニューとしてテリーヌが加わりました。
テリーヌとはフランス語で容器を意味し、テラコッタや陶器などの蓋つきの容器に
具材を入れて焼き上げたり、湯煎にしたりして調理したものをいいます。
都市部のフレンチレストランはともかく、
地方の店で見かけることはまだまだ少ないと言えるでしょう。

「『にぎわいの森』ではワインも多く扱っているので、
 パンがあってワインがあるなら総菜系のテリーヌもいいんじゃないかと」

テリーヌも名古屋で営業していた頃からの人気メニューの一つでした。
現在は店舗でも味わえるほか(田舎風テリーヌ972円税込み~)、
オンラインショップでソーセージ(870円税込み)や
食肉加工品の詰め合わせ(3700円税込み・送料無料~)とともに
購入できるようになりました。

 

肉のパウンドケーキといった感じのテリーヌは、一つだけで十分な存在感。フレンチではオードブルとして供されることが多い。写真は肝肝テリーヌ(1836円税込み)。
ショーケースの中に並ぶオリジナルのテリーヌは、どれも肉の個性と風味をいかした逸品。

 

もっと売り上げを伸ばして人を育てたい

現在「FUCHITEI」のスタッフは正社員1人とアルバイトが9人。
いかに売り上げを伸ばして人材を育てていくかが課題の一つだと、泓さんは言います。

「最近は働き方改革のこともあって、いかに働いてもらっている人の労働時間を短くして
 高い賃金を払うかが主流になっています。
 しかし、その中で良い職人が育つかというと難しいところがありますね。
 職種にもよると思いますが、ぼくらのような料理人の場合は、
 業務以外で時間を作って技術を磨くのが当たり前でしたし、
 そうでないとついていけなかった。
 今は若手にそうしろとは言えませんし、仕事でお客さんに料理を作っている時は
 とても教えているような時間はありません。
 かといって放っておいては若手が育ちません。
 昔はキツかったですけど、それなりに収穫はありました。
 そのおかげで今の自分があります。
 毎日、労働環境を改善して売り上げを上げて給料をアップしたいと戦っています。
 店の経営と人材育成の両立は今後の課題です。」

 

いなべの鹿を使ったジビエやさくらポークなど、地元の食材で地域と共に歩む

いなべ市は山野が多く、害獣である鹿による農作物の被害も深刻です。
泓さんは捕獲された鹿肉もちゃんとした形で食べ物として提供したいと考えています。
ソーセージに使われているのは「さくらポーク」。
三重県のブランド豚で、いなべ市に生産農場があります。
独自の飼育方法で育った豚の肉は脂に甘味があって、口当たりもソフト。
ホットドッグを焼き上げる薪にはいなべ市近郊の薪を使うなど、
いろいろな形で地域と共に歩みを進めることを大切にしています。

 

通販で遠方のお客様にもいなべ市の魅力を伝えたい

「3年間ファストフード店として営業してきて思うのは、
 『もう少しお客さんとコミュニケーションのとれる場にしたい』ということ。
 13年間名古屋でビストロとして接客してきたことから考えると、
 お客さんが注文してから短時間で帰っていくという今の業態は
 少し物足りないと泓さんは考えるようになりました。」

「お客さんが本当に喜んで帰ってくれているのかどうか、
 わからない日々が続いています。
 メニューを変えたり、机の配置を変えたりして、
 もう少しお客さんに留まってもらって、
 お客さんとスタッフがコミュニケーションをとれるような店にしていきたいですね。」

一方でオンライン販売は好調です。

「オンラインで購入してくださったお客さまがいなべのファンになって、
 いつかいなべに来てくださったらいいなと…
 そういうのもぼくたちの役割の一つかもしれないと思っています」

そういって、泓さんは顔をほころばせました。

【会社概要】
食肉加工屋FUCHITEI
設立:2006(平成18)年3月、「FUCHITEI à vous」開業
2016(平成28)年6月、株式会社ふちていとして法人化
2019(令和元)年5月、「食肉加工屋 FUCHITEI」開業
URL:http://www.fuchitei.com/事業内容:食肉加工品製造・販売・飲食店の経営
代表者:泓昂溫(ふち たかはる)
所在地:〒511-0428 三重県いなべ市北勢町阿下喜31 にぎわいの森
TEL:0594-87-6017 
FAX:0594-87-6018
E-mail:info@fuchitei.com
定休日:火・水曜  営業時間:11:00~16:00(L.O15:00)

 

【取材・文・撮影】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまで
ライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘り
することで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎  https://satoyamakikakunanohanasha2020.jimdofree.com/