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東海最前線

「紙だからできること」を大切に、きり絵をビジネスにした「鈴木紙工所」(愛知県弥富市) 

【ここが最前線】レーザーカットを使ったオリジナルきり絵ブランドを構築

 葛飾北斎の傑作「富嶽三十六景」全四十六図中の1図である「神奈川沖浪裏」を手にして写真に収まっている方は、愛知県弥富市にある「株式会社鈴木紙工所」代表取締役の鈴木裕一さんです。

 実はこの「神奈川沖浪裏」、版画ではありません。何枚もの色紙をレーザーカットして、立体的に重ね合わせたきり絵、同社のオリジナルブランド「KirieFabbrcia(きりえファブリカ)」の一例です。レーザーカットの加工技術を駆使して、いろいろなアニバーサリーやプレゼント用に「しあわせきり絵」と呼ぶペーパーアイテムを開発し、しおりやクリップなどのステーショナリーグッズや紙製iPhoneケースを生み出してきました。

 もともと紙の抜き加工のエキスパートである同社がなぜ、きり絵ビジネスを構築したのか。B TO BオンリーからB TO Cの市場に参入したことで、どんなメリットが生まれたのか。そして同社の描く未来とは? 鈴木社長にお話をうかがいました。

 

2度の経営危機を乗り越え、紙の抜き加工のエキスパートに

創業から円高不況を経てのリスタート

 「鈴木紙工所」は弥富市の南東部・神戸(かんど)地区にあり、周囲はのどかな田園地帯です。昭和45(1970)年に創業され、令和2(2020)年に創業50年を迎えました。そこには経済の波に翻弄されながらもたくましく真摯に生き抜いてきた中小企業ならではの歴史があります。

 「元々親戚が段ボール関係の仕事をしていて、父はそこで仕事を覚え、叔父さんたちと一緒に独立開業しました。紙業界は大変裾野が広く、工程の数だけ会社があるといっても過言ではありません。弊社では最初、クリスマスケーキの箱や電動工具の輸出用パッケージの箱を切り抜いて成形するといった箱ものを作る仕事をしていましたが、円高不況のあおりを受けて輸出関係がまったく振るわなくなり、メインの取引先だった企業が倒産したこともあって、弊社も危機的状況に陥りました。ほかとの吸収合併の話も出ましたが、父は『今は厳しいけど、将来のことを考えて経営の独立性を保ちたい』と突っ張って、必要な機械だけを残して土地建物を売却。平成元年に有限会社から株式会社へと設立しなおし、紙の抜き加工に特化した会社として、リスタートしたのです」

 

●リーマン・ショックで学んだこと―下請けからの脱却とオリジナルブランドの確立

 子ども時代は工場内にうず高く積まれた紙の切れ端の山に登ったり、上から飛び降りたりして友達と遊んでいたという鈴木さん。「まさに紙にまみれていた子ども時代でしたね」と当時を振り返ります。多感な青春時代は会社の激動期と重なり、自社の経営に腐心する父の姿をつぶさに見て育ちました。

 大学卒業後は上京し、大手製紙メーカーグループの紙専門商社に就職。営業マンとして多忙な日々をおくっていましたが、父の希望もあって30歳で弥富市にUターン。折しも愛知県は「愛・地球博」(平成17(2005)年)の開催直前。「鈴木紙工所」も封筒-特に別注封筒といって会社ごと、あるいは用途ごとにデザインも大きさも異なる封筒-の型抜き加工に追われ、寝る暇もないほどの忙しさだったといいます。

 ところが平成20(2008)年9月、アメリカの大手金融会社「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻。瞬く間に金融・経済危機が世界中に広がりました。いわゆるリーマン・ショックです。「それまでは仕事に追われる一方でろくに自分の時間もとれなかったのに、パタッと仕事がなくなりましたね。量は最盛期の三分の二に減少しました。これではとてもやっていけないと思いました。仕事の9割以上をある封筒メーカーさんから受注していて、それまでは頼まれたらとにかく仕事をこなさなければならない。断る余地なんかありませんでした。それがリーマン・ショックで発注元が仕事を内製化するようになり、アウトソーシングをしなくなったんです。それまで必死になって要望に応えてきたのに、この対応の変化には大きなショックを受けました。」

 そこで鈴木さんが学んだことは、「下請けだけではダメ。自分たちで生きていく力を身に着けないと」ということでした。ここからきり絵ビジネスへと新たな方向性を見出していくわけですが、その前に「鈴木紙工所」の本業である型抜き加工についてご紹介しましょう。

 

トムソン加工とレーザー加工を使い分けてさまざまなニーズに対応

 

●型を必要とする大量生産向きのトムソン加工
 現在の「鈴木紙工所」の主な取引先は大手封筒メーカーや印刷会社、紙器メーカー、デザイン会社など。取材当日も工場内では4台の平盤打抜き機が早朝からフル稼働。そばには型抜きされた商品が大量に積み上げられ、工場内は密にならないよう換気にも注意が払われていました。

手前が平盤打抜き加工機。奥の棚に並んでいる板は打抜き用の型

▲「鈴木紙工所」では別注封筒などの薄物加工を中心に、コートボールなどの板紙、
段ボールのE段程度までを幅広く加工している

▲製品の展開図とおりに成形した刃(トムソン刃)をベニア板に組み込んで木型を作り、
紙を1枚ずつ自動で送って、型抜き加工をする。切るだけでなく、スジ押しやミシン罫、
ジッパー、点字などの浮き出しなども同時に行うことができる。

 

▲加工機の様子を見守る鈴木社長

 

 「トムソン加工の場合、加工する紙は印刷会社などから印刷したものが送られてくるので、それに合わせて型屋さんに型をつくってもらい、弊社でカットして取引先に納品します。この加工法はある程度の量があるものを決まった形に抜く場合に適しています」と、鈴木社長は説明してくれました。

 

型不要で繊細なデザインに対応、小ロットのオーダーも可能なレーザー加工

 続いて別室に案内していただくと、そこにはレーザー加工機とパソコンで加工機にデータを送って操作する熟練した女性スタッフがいました。

 レーザー加工機の中で下に置かれた紙が何やらチカチカ光っています。上から紙に照射されたレーザーが細かな火花を散らしながら、データに基づいてデザインの通りに瞬時に紙を焼き切っていくのです。

 「型のいらないレーザーカッターでは、トムソン加工ではできなかった複雑で繊細なデザインの加工ができます。そのかわり、紙1枚ずつにレーザー光線を照射して焼き切っていくので、時間はかかります。小ロットでのオーダーに向いており、大量生産を必要とする場合は複数の加工機で対応させていただくことになります」

 

▲「鈴木加工所」にとっては2台目のレーザーカッター。
イタリア・SEI社製の最新機材を「ものづくり補助金」を受けて導入

▲デザインとレーザー加工を担当する女性スタッフ。
「鈴木紙工所」は何かと忙しい子育て世代の主婦にとっても働きやすい職場だ

▲自社工場の前にて

 

他の企業がやっていないことをビジネスにする


●カン違いから生まれたきり絵ビジネス

 既存の紙加工に加え、きり絵のような繊細な仕事にはレーザーカッターは必需品。それではここで、鈴木さんがきり絵ビジネスに取り組むようになったいきさつと、現状をご紹介しましょう。

 「鈴木紙工所」2Fの事務所には、同社が新規事業として取り組んできた「きりえファブリカ」の作品がディスプレイされており、壁には額に入ったオリジナルのファンタジックな作品が並んでいます。ちょっとレトロで映画のワンシーンを思わせる立体的なきり絵アートです。

 実は「きりえファブリカ」はある意味、鈴木さんのカン違いから生まれたのです。

▲「きりえファブリカ」の作品

 

●仕事が完遂できなかった悔しさをばねにレーザー加工機を導入 

 リーマン・ショックの後、鈴木さんは以前から誘われていた名古屋の若手経営者の勉強会「名古屋而立会(なごやじりゅうかい)」や展示会などに出かけるようになりました。「時間ができたということもありますが、新しいビジネスを展開するには会社の中ばかりにいてはダメだ。人の集まる場所へ出かけて世の中の情報をキャッチする必要があると思ったのです」

 そこで鈴木さんはある展示会に出かけた折、レーザー加工機と出会います。「これはすごい! ほしい」仕事がなくて財務も疲弊している時でしたが、鈴木さんは即決で高額の加工機を購入しました。それには理由があったのです。

 以前、ある印刷会社から「お得意様の結婚式の招待状を教会の形に切り抜いてほしい」という依頼を受けました。ところがそのデザインがとても複雑で、会社の型抜き機では対応ができなかったのです。そのことを先方に伝えると「なら、できるところだけやって。あとはうちでなんとかするから」という返事でした。どうしようもないので、鈴木さんは自社の加工機でできるところだけを切り抜いて納品しました。しかし、これは「鈴木紙工所」にとっては大変残念なことでした。「紙の型抜きにおいてはエキスパートであるうちがお客様の依頼に100%答えることができなかったことが悔しくて…、型抜きで作るものには限界があることを実感せざるを得ませんでした」

 そんな時に型がいらず、自由設計に対応できるレーザー加工機に出会ったのです。まさに未来への投資でした。購入後、鈴木さんは紙を切る実験を繰り返しました。そしてある時、自分の名刺に似顔絵をレーザーカットしたきり絵を入れてみたのです。

▲きり絵名刺

 

●きり絵名刺がバズり、きり絵をフィーチャー

 すると、これが大好評! 鈴木さんは俄然、きり絵に注目するようになります。「ここである勘違いが生まれるんですよね。普通ならきり絵ではなく、名刺の方をフィーチャーするんですけど、ぼくはきり絵の方に行っちゃった。それまできり絵のことはなんにも知らなかったんですが、いろいろ調べてみるとアートとしてのきり絵は存在するけれど、ビジネスとしてきり絵をやってる企業はどこにもなかった。なら、やってみようかと」

 当時、自分の結婚式を控えていた鈴木さんは、どうせならレーザー加工機を使って仕事用のサンプルにもしようと、自分の結婚式のウエルカムボードや席札やサンキューカードをオリジナルでつくり、それを営業展開することを思いつきます。しかし、それにはデザイナーが必要でした。そこで八方手を尽くして岐阜県在住のデザイナー・れれさんを紹介してもらい、試行錯誤しながらなんとかベースができあがります。

 

●紙を重ね合わせて「紙(し)合わせ→しあわせきり絵」完成

 「最初は線を切って面を残していたのですが、ある時、面を切って線を残したほうがいいかもってやってもらったら、とてもしっくりくるものができました。でも、モノクロだからちょっと淋しい。見せるにはもっとカラフルにしたいといろいろ考えた結果、きり絵の下に色紙を重ね合わせて色を表現したらいいということがわかったのです」

 れれさんのデザインもすばらしく、あたたかみのあるほっこりするウエルカムボードは大好評。

 「そうしたられれさんが、『鈴木さん、これ、紙を“し”と読めば、しあわせのきり絵ですね。紙が4枚だったら、幸せが倍増ですね』って言うんですよ。それを聞いて「よし、『しあわせきり絵』で売って行こう」と思いました。

 

▲結婚式のウエルカムボード。人生のさまざまなアニバーサリーや親しい人への
お祝いなど、「しあわせきり絵」はいろいろな場面で活躍する。
そのほか、栞やクリップ、ペーパークラフトなど、
紙もの好きの人間にとってはたまらない魅力だ

 

●レーザーカッターを使ったオリジナルペーパークラフトをつくる

 一方、きり絵の事業化と並行して、鈴木さんはオリジナルペーパークラフトの作成に試行錯誤していました。

 「サラリーマン時代の同期で、福井の越前和紙の問屋の跡取り息子がいたんです。彼は私が辞めるより早く、福井にUターンしていたので、彼の所に嫁さんと遊びに行ったんですよ。その時に入った『越前和紙の里』のギャラリーで虎のペーパークラフトを見たんです」

 それはとてもリアルでかっこよく、鈴木さんは一目ぼれしてしまいます。「越前和紙の里」にあるものは売物ではなかったので、商品を販売しているという金沢の店まで行って購入したところが、現物はA3シートに面付されたパーツが印刷されているだけのものでした。パーツを購入して切り抜いて、自分で作らないといけない商品だったのです。「てっきり、パーツを貼り合わせるだけでできると思っていたのに、これじゃ無理…できないと思いましたね。」

 それなら、もっとペーパークラフト初心者にも親切で、作る過程で心折れない商品が作れないものかと考え、鈴木さんは弥富市のご当地キャラクターで、特産の「弥富金魚」をモチーフにして平成8(1996)年10月3日(やとみの日)に誕生した「きんちゃん」をペーパークラフトで作る事を思いつきます。ちょうどその頃人気のあったご当地キャラクターは、彦根の「ひこにゃん」でした。「弥富にも『きんちゃん』がいるのに、『ひこにゃん』みたいに有名にならないのはなぜ? 「きんちゃん」をもっとたくさんの人に知ってほしいと、市に申請して『きんちゃん』のペーパークラフトを作る事にしました」

 しかし、当時社内にペーパークラフトをデザインできる人材がなく、いろいろ調べて最初にほれ込んだ虎を設計した人物にデザインを依頼することになりました。しかし、返事はなかなか厳しいものでした。「『ゆるキャラ®って丸いでしょ。球体を紙で再現するのはほんとに難しいですよ』と言われたんです。でも、どうしても作りたいんですとお願いして、了解していただきました」実際やってみると確かに難しく、きれいな球体を作る事ができません。市役所に何度も足を運んで相談し、工夫を重ねた末にペーパークラフトの「きんちゃん」が完成しました。

▲ペーパークラフトの「きんちゃん」

 「きんちゃん」の開発で力を発揮したのは、新しく導入したレーザーカッター。型は不要でデータさえあれば1枚から切り抜きができる。まちがっていたら修正もすぐにできる。レーザーが試作品づくりに向いていることがよくわかったといいます。「鈴木紙工所」の新しいビジネスは地域の人々とのつながりやメディアによる紹介で広く知られるようになり、「この経験でオリジナル商品の作り方やプレスリリースのやり方も覚えることができ、『あいち産業振興機構』の経営相談なども受ける事ができるようになりました」

 

B to B から B to C へ オリジナルブランド「きりえファブリカ」誕生

 鈴木さんは『あいち産業振興機構』を訪ね、「しあわせきり絵」をブライダル業界で流通できないか相談しました。すると専門家派遣を受けられるようになり、いろいろリサーチした結果、ブライダル業界は非常に価格にシビアで、ウエルカムボードを扱っている式場は全体で1割に満たないこと、またウエルカムボードのサンプルは非常に多く、制作コストも見合わないことがわかり、ブライダルはあきらめて必要な人に直接販売することを選択しました。

 また、愛知県では毎年「名古屋ポートメッセ」で「クリエーターズマーケット」というハンドメイド作家が集まるクラフトの祭典が開催されています。「鈴木紙工所」ではクリマ出店のために「きりえファブリカ」というオリジナルペーパークラフトの新ブランドを立ち上げ、クリマ用に栞やコースターなどのペーパーアイテムを準備し、平成24(2012)年6月30日、ついにデビュー。新たにB TO Cの市場に乗り出しました。クリマ出店は大変な反響を呼び、その後は新たにデザインのできるスタッフを採用して新商品を考案。SNSなどで情報発信するようになったことで、クリマ以外のイベントからも声がかかるようになりました。現在は「アマゾン」と「ミンネ」で商品を販売しており、別注できり絵を使った仕事のオーダーも入るようになってきました。今後もきり絵ビジネスの需要はますます高まってくると思われます。

 

 

“紙だからできること いまも これからも”

 鈴木さんのオフィスには、時に社員以外の人も社員のように出入りしています。取材当日も大手IT企業の社員の方が来て、親し気に会話を交わしていました。こんな気のおけないところも鈴木さんの魅力の一つなのでしょう。

 帰りがけに見た社用車には次の文字が車体に貼ってありました。

紙だからできること

いま

これからも

 

【会社概要】
株式会社鈴木紙工所(かぶしきがいしゃ すずきしこうじょ)
創業:1970年12月「有限会社鈴木紙工所」 1989年11月「株式会社鈴木紙工所」設立
資本金:1,000万円
URL:http://suzuki-shikojo.com/   きりえファブリカ  http://kirie-f.com/事業内容:紙器加工業(トムソン、紙器製作等)
代表者:代表取締役社長  鈴木裕一
所在地:〒490-1405 愛知県弥富市神戸8丁目35-3
TEL:0567-52-0409(代)   
FAX:0567-52-1301   
E-mail:info@suzuki-shikojo.com

 

取材・文・撮影
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまで
ライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘り
することで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
・里山企画菜の花舎  https://satoyamakikakunanohanasha2020.jimdofree.com/