建築設計の技術を生かして、大垣を日本一、おもしろい街にする(岐阜県大垣市)
2022.06.10
【ここが最前線】空き家をリノベーションして起業家を育て、町のにぎわいを生み出す
水の都で知られる岐阜県大垣市は県下第2の都市。
人口は16万近く、イビデン株式会社やセイノーホールディングスなど
全国に名だたる企業もいくつかあります。
しかし、市の人口は平成19年の約166900人がピークであり、
それ以降は緩やかに減少し続けています。空き店舗や空き家も増え、
市内の活性化やまちづくりが課題になっています。
そんな中、株式会社 現代設計事務所は2019年から、
大垣市の市街地にある古民家をリノベーションして人を育て、
町のにぎわいを生み出す事業を始めました。
古民家は「ennoieミドリバシ」と名付けられ、夢を持った若者たちが集まり、
実現に向けてスタートアップする場所になりつつあります。
同社の代表取締役・奥村忠司さんに
これまでの経緯と今後の展望についてお話を伺いました。
設計事務所というより、家のミュージアム
現代設計事務所があるのは大垣市の南西部。
入り口には生垣を剪定して作られたユニークなキャラクターが立っています。
その胸に刻まれているのは社名と共に、「家・ミュージアム」という文字。
そこには「家とは単なる箱物ではなく、人々の思いの詰まった場所だから
住む人がワクワクするような楽しい場所にしたい」という思いが込められています。
❝大垣を日本一、おもしろい町にする❞ための拠点「ennoieミドリバシ」
現代設計事務所は1987年、桐山貞善さんによって創業されました。
以来、一般住宅の新築やリノベーションはもとより、
高齢者の福祉施設や工場、店舗などの設計・施工に数多く携わってきました。
27年前同社に入社した奥村さんは桐山さんのもとで仕事に励みながら
キャリアを積み重ね、一昨年、桐山さんの後継者として代表取締役に就任。
環境省が推奨する「ZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)」の普及や
空き家のリノベーションだけでなく、利活用にも取り組んでいます。
奥村さん「弊社は『大垣市を日本一、おもしろい町にする』
という長期ビジョンを掲げて活動しています」
現在、その拠点となっているのが大垣市役所からほど近い場所にある
「ennoieミドリバシ」。市内を流れる水門川にかかる美登鯉(みどり)橋の
たもとにある古民家で、近辺がアニメの聖地ということもあり、
訪れる若い人々も増えています。
奥村さん「もともと個人のお宅だったのですが、今は大家さんは
県外に住んでおられ、空き家として管理をしておられました。
弊社がたまたま大家さんのお知り合いの家にかかわらせて
いただいたことがきっかけで、その方からお口添えをいただき、
5年の約束で賃貸契約を結ばせていただくことができました。」
「ミドリバシ」では現在、毎月1回、土曜日に「ミドリのいち」というマルシェを
開催しており、岐阜県の薬草を使ったクラフトコーラや手作りした
ベトナムのサンドイッチ・バインミーなどを販売するお店が出店。
そのほか水・木・金は一汁一菜をメインにした「ミドリバシ食堂」がオープン。
これまでの大垣の街中にはなかった動きがさざ波のように広がりつつあります。
空き家が❝負の遺産❞になっているのを知り、自分たちの事業を見直す
今や、空き家問題は全国各地の自治体で大きな課題となっています。
移住をからめることで空き家の提供や空き家バンクへの登録を呼びかけ、
貸したい人と借りたい人のマッチングを試みていますが、
簡単にはうまくいかないのが現状です。
なぜ現代設計事務所は、空き家の再生に携わるようになったのでしょうか。
奥村さん「我々が空き家の再生に手を付けるようになったのは2015年ぐらい
からだったと思います。
当時はまだそれほど空き家問題が顕在化していなかったと思うのですが、
家の新築を促進するためのイベントちらしをまいていた時に、
周辺に空き家があまりにも多いことに気が付いたのです。
会社の近くにも、家は崩れかけ、草ぼうぼうでナンバープレートを
取り外された所有者不明の車が3台ほど放置されている所がありました。
その実態を知るにつけ、これまで我々が造ってきた家が”負の遺産”に
なっていることに気づいて、愕然としました。」
建築を通して人々の暮らしを豊かにすることを目的としてきた奥村さんたちでしたが、
空き家問題に直面し、それまでの方向性を考え直す必要性に迫られたのでした。
奥村さん「家を新しく建てるだけでなく、今ある建物を生かして使うことも
私達の使命だよねということで、空き家の再生に取り組み始めました。」
空き家の所有者と使いたい人をマッチング
そこで、まず空き家の所有者と空き家を借りたい人のマッチングに着手しました。
奥村さん「『空き家を持っていて困っている人、いませんか』と呼びかけたところ、
大垣市内のある空き家をなんとかしてほしいという人が現れました。
それに対して、その空き家を使いたい人を募集したところ多数の応募があり、
候補者を3名に絞り込んだのです。そこで空き家のオーナーも含め、
地域創生に特化した事業をされている全国的にも著名な3名の審査員の
方々を前に、『この空き家をこんなふうに使いたい』という
公開プレゼンテーションをしてもらいました。」
さらにもう一軒、大垣市の隣の神戸町(ごうどちょう)でも同様の事業を行い、
マッチングが成立。ところがその後、空き家を借りた人たちは事業を
継続することができませんでした。
起業のためのレンタルルームとしての「ミドリバシ」を開設
奥村さん「マッチングはできても事業の継続ができなければ意味がありません。
事業を継続するには起業のための十分な準備と、
起業後もサポートが必要であることがわかりました。
ですから我々も企業の責任として、マッチングさせて
『はい、おしまい』ではいけない。そこでスターター向けの
レンタルルームとして『ミドリバシ』をオープンさせたのです。」
本格的に店を持つ前に「ミドリバシ」で経験を積んだ後、独立。
そうすることで事業を継続できるよう、バックアップしていく。
「ミドリバシ」は起業者にとって事業を支援するインキュベーター
としての役割を果たしています。
それには個人宅であった「ミドリバシ」のリノベーションが必要でした。
大家さんの許可を得て、家の周囲のブロック塀を切って通りから中に
入れるようにしたり、シンボルツリーを囲むように階段付きの
ウッドデッキを作ったり、杉板を張り替え、椅子やテーブルも手作りするなど、
古民家が元々持っていた魅力を損なうことのないよう、
最大限の注意を払ったと言います。それは、2019年6月のことでした。
ミドリバシから巣立った起業家
「ミドリバシ」がオープンして3年。一人の若者がそこから巣立っていきました。
奥村さん「マフィンとスコーンの専門店『Bake A(アー)』さんです。
昨年4月に近くのオクノビルで自分の店をオープンされました。
『ミドリバシ』でイベントをする時などは出店したり、
商品を置いてもらったりしています。弊社はオクノビルのオーナーから
依頼を受けて、建物をリノベーションさせていただきました。」
「ミドリバシ」の運営は事業としての収益化は難しいです。
しかし、現代設計事務所が運営を続けるのは、
損得勘定以上に大事なものがあるためです。
奥村さんはそれを、「ミドリバシ」という場が持っているエネルギーだといいます。
奥村さん「戦時中に地域に尽力されたというオーナーさんの気持ちが、
『ミドリバシ』を町のため社会のために貢献する場所として
位置づけているのではないでしょうか。」
子どもたちに働く夢を与えるキッズスタジオ
現代設計事務所では、2010年から「キッズスタジオ」を開催。
これは世界中で展開されている子どもたちの職業体験型テーマパーク
「キッザニア」からヒントを得たもので、建築関連の仕事を
子どもたちにワークショップ形式で体験してもらおうというもの。
はしご車などめったに乗れない車にも乗れるとあって、毎回大人気のイベントでした。
ここ2年ほどはコロナ禍で開催されていませんが、
またぜひ、復活したいと奥村さんは考えています。
奥村さん「近年、建築の仕事をやりたいという子どもたちが減っています。
ぜひ、キッズスタジオで建築の仕事を体験してもらい、
お父さんたちの働く姿を子どもたちに知ってほしいですね。
そして、仕事に誇りをもってほしいと思います。
建築の仕事にはいろいろな可能性があり、とても楽しいのだと、
子どもたちに夢を与えるのは大人の大切な役割の一つだと思います。」
東日本大震災で大打撃を受けた福島県双葉町で浅野撚糸の工場を建設
現代設計事務所では昨年の暮れから福島県双葉町で、
安八に本社のあるタオル会社「浅野撚糸」のタオル工場の建設に着手しています。
同社の「エアーかおる」は2007年の発売以来、出荷枚数は1000万枚を突破。
吸水力抜群の魔法のタオルとして大変な人気を誇っています。
震災から11年が経ち、町の一部が避難解除になった双葉町では
徐々に人が戻ってきており、「浅野撚糸」の福島進出は復興支援の一環でもあります。
奥村さんは工場建設のために何度も福島に足を運び、自分の目で現場を確認し、
検査を行いながら工事の進捗状況を見守っています。
建築・設計という仕事を通じて、人が楽しく元気に暮らせる町をつくっていきたい。
現代設計事務所はこれからもそうした思いを胸に躍進を続けていくことでしょう。
【会社概要】
株式会社 現代設計事務所
設立:1988年11月
URL:http://gendai-arch.co.jp/事業内容:設計・建築・施工・大型物件の設計・監理
代表者:奥村忠司
本社所在地:〒503-0931 岐阜県大垣市本今4丁目17
TEL: 0584-89-6663
FAX :0584-89-6915
E-mail:iemuseum@gendai-arch.co.jp
【取材・文・撮影】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまで
ライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘り
することで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎 https://satoyamakikakunanohanasha2020.jimdofree.com/