暮らしの中のアクセントとなる本屋(TOUTEN BOOKSTORE/名古屋市)
2025.09.08
【ここが最前線】
戦前から続く商店街の元時計店の空き店舗をリノベした書店
カフェコーナーやギャラリーがあり、交流できる空間
2021年、名古屋市の金山駅にほど近い沢上商店街の一角にユニークな新刊書店がオープンしました。その名も「TOUTEN BOOKSTORE(トウテン ブックストア)」。“トウテン”とは“読点”を意味し、生活の中の読点であるような本屋であり続けたいという、店主の古賀詩穂子さんの願いがこもっています。本だけでなく、冷蔵庫にはビールも。町の本屋として目指すものは何なのか。古賀さんにうかがいました。
「TOUTEN BOOKSTORE(トウテン ブックストア)」店主の古賀詩穂子さん
アンティークな街灯が輝く沢上本通り商店街
「TOUTEN BOOKSTORE」があるのは、金山駅からほど近い熱田区の沢上(さわかみ)商店街 の一角。商店街の目印はガス灯を思わせるアンティークな街灯です。

かつては市電(路面電車)が走っていた名古屋のまち。電車通りから東西に100m、幅3mという名古屋で一番狭い道路の両側に、沢上商店街は50軒もの店舗が軒を連ねていたといいます。

だれもが安心して過ごせるセーファースペースをめざして
パーキングに車を停め、ブラブラしながら「TOUTEN BOOKSTORE」を目指して歩きました。今では商店街というより、住宅街の中にちらほら商店があるといった風情です。
「TOUTEN BOOKSTORE」はそんな沢上店街の中ほどにありました。入口横には「本」と書かれた小さな看板がそっと置かれ、ガラス戸には店名のロゴと「本 コーヒー ビール」 の手書き文字。そして、取材当日店内で開催されていた「熱田空襲を知る展」のチラシが貼られていました。
店舗外観
人通りの少ない商店街ですが、「TOUTEN BOOKSTORE」の中には何組かのお客さんがいました。2Fのギャラリーからも話し声が聞こえます。笑顔で迎えてくれたのは、店主の古賀詩穂子さん。聞けば元の店舗は時計屋さんの店舗兼住居であったそう。奥行きがある構造になっています。
入口近くには、古賀さんが「TOUTEN BOOKSTORE」を始めるきっかけになったことや書店経営についてのいろいろなお話などが詰め込まれた『読点magazine』や、『ガザとは何か』など、ガザやパレスチナに関する本が何冊か並んでいました。普通の書店なら平台にはベストセラーなどが平積みにされていますが、こちらは古賀さんのセレクトした本。店主のこだわりが感じられるコーナーとなっています。
『読点マガジン』
古賀さん「本屋はふだん自分の視野に入らない多くの知識や情報を提供できる場所だと思います。そして暮らしの中で、ちょっと立ち止まって思考を整理したり、自分を見直すことのできる空間ではないでしょうか。文章を紡ぐ中で、「、(読点)」が息つぎやアクセントとして使われるのと同じように、本屋も町にとってのそういう場所であり続けたいと願っています」
古賀さんがセレクトしたカフェの平台 の本
本も読めて異業種交流もできる空間に
奥の板張りのフロアには絵本が並べられ、小さなお子さんを連れた方でもゆったりと本が選べる空間に。「TOUTEN BOOKSTORE」オリジナルのTシャツやトートバッグなども店のあちこちに販売され、ブックカウンターの横の方にはコーヒーや「焼き菓子 モモ」がつくる米粉のヴィーガンクッキー、そして知多の「OKD KOMINKA BREWING」のつくるクラフトビールの入った小さな冷蔵庫が置かれています。
古賀さん「ここは金山駅からも少し離れていて、駅から商店街まで休憩する所もないので、本だけでなく、ふだん本を読まない人も入れるような場所にしたいなと思って、カフェコーナーをつくりました。1Fにはベンチ、2Fにはテーブル席があります。コーヒーのほかにはジンジャーエールやリンゴジュースなども用意しています。ビールは知多の岡田という地域の古民家で、新美泰樹さんがつくっておられるクラフトビール「OKD KOMINKA BREWING」を出しています。少し甘めな味が特徴です」
※店頭の本はすべて販売しており、会計前の本を読みながらの飲食はNG
オープンして5年目。カフェコーナーのおかげで異業種交流も自然に生まれ、客層が広がることから、始めてよかったと古賀さんは話します。
知多産のクラフトビール「OKD」
2Fのギャラリースペースでは本や地域に根ざしたイベントも
この日は2Fのギャラリースペースで、「熱田空襲遺跡を守る有志の会」主催によるガイド付きの展示が行われていました。ちょうど階下に降りて来られた女性のお客様に、少しお話を聞くことができました。
「現在私は87歳ですが、当時は6歳でした。熱田空襲で家族4人が亡くなりました。毎年この時期になると思い出します。お盆やお正月に親戚が集まると、話を聞いて涙が出てくるんです。これまでは空襲の話をテレビで見るのも嫌だったし、子どもたちに話を聞かせたこともありませんでした。こういう場所に来たのも今回が初めてです」
戦時中、軍用機の生産拠点だった名古屋は空襲の標的にされ、昭和20年6月9日の熱田空襲では8分間で2068人の方が亡くなったそうです。本土で初めて使用されたという2t爆弾のイラストや写真なども展示されていました。
「TOUTEN BOOKSTORE」では1カ月に数回、本や地域に関するさまざまなイベントや展示を開催しています。
2Fのギャラリースペース
展示されていた2t爆弾のイラスト
「熱田空襲遺跡を守る有志の会」会員の加島幸二さん
本屋で働いてみて気づいた、本屋の魅力と可能性
愛知県大府市に生まれ、幼い頃から漫画が好きだったという古賀さん。やがて「ヴィレッジヴァンガード」などにも出入りするようになり、本だけでなく雑貨と共存する空間のおもしろさに惹かれていきました。
中京大学国際教養学部在学中はスペインにセメスター留学も。学ぶ気になれば年齢など関係なく、方法もいろいろあることに気づいたといいます。
卒業後は大手出版取次会社へ入社。名古屋支店に配属され、書店営業を担当。書店の売り上げサポートなどの仕事をしていました。
古賀さん「毎日のように本屋を訪ね、書店員さんと会話を交わすうち、受注、発注、返品、棚の見せ方など一つ一つの業務が積み重なって本屋という空間を作っているんだということがわかるようになりました。そう思ったらますます本屋が好きになっていったんです。ただ当時の私の立ち位置では、もっと本屋に足を運ぶ人を増やしたいと思ってもできることには限界があって…悩んだあげく、本屋になることを思い立ちました」
転職の準備をはじめたところ、東京で本屋を経営していた知人の社長に声をかけられ上京。3年間東京の本屋で働き、経営のノウハウから企画の立て方、イベントの展開の仕方などを学ぶうち、自分がやりたい本屋のビジョンが明確になっていきました。
古賀さん「本屋の中の人になってみると、それまで気づけなかった本屋の新たな魅力や良さがわかってきました。本屋は本を売ることだけが仕事ではない。カルチャーの発信拠点であり、やり方次第でもっとオリジナリティを生かせる楽しい空間になると思ったのです。

「さかさま不動産」で見つけた最高の物件
3年間の東京生活を経て、いろいろな経験を積んだ後、古賀さんは故郷の愛知県にUターン。本屋開業の準備を始めました。ところが…
古賀さん「先に物件に出会ってしまったんです」
古賀さんが店舗探しに利用したのは「さかさま不動産」という会社。物件を借りたい人、貸したい人のマッチングサイトですが、普通の不動産サイトとは一味違います。
まず、物件を借りたい人が「さかさま不動産」のHPに「何をやりたいのか」「なぜ、やりたいのか」など、自分の思いを掲載します。それを読んだ大家さんから連絡が入り次第、「さかさま不動産」は借りたい人と貸したい人をつなぎます。両者が合意に至れば契約をします。つまり、「さかさま不動産」は物件を借りる人が貸す人を選ぶのではなく、物件を貸す人が借りたい人を選べるしくみなのです。
古賀さんの本屋をやりたい思いに早速応えてくれたのが、今の物件の大家さんでした。
古賀さん「もともと時計屋さんの店舗兼住居だったそうですが、かなり老朽化してところどころ雨漏りもしていました。でも路面店だったので、ここなら地元の人に気軽に立ち寄ってもらえる場所になると思いました。内見の時も大家さんのこれから開業する人を応援したいという気持ちが伝わってきて、胸の中が熱くなりました。この物件に関しては、私以外にもいくつか問い合わせが来ていたようですが、大家さんは私が開業資金のめどがつくまで待っていてくださったのです。私も創業支援の融資を受けることができて、お借りすることができました
その後は壁塗りなど、自分たちでできるところはDIYで工事費を抑え、完成にこぎつけました。
長く続く本屋をめざして
この5年間、「TOUTEN BOOKSTORE」にはいろんな年代や職業の人々が訪れ、各種メディアにも取り上げられて、沢上商店街の本屋として市民権を得てきました。
古賀さん「店番をしなければいけないので留守にできず、新しいことを始めたくでもなかなかできません(笑)」
近年は独立系書店と言われる本屋も増え、本屋を始めることに対するハードルはかなり下がっているといってよいでしょう。「TOUTEN BOOKSTORE」にとって、この5年間はどんな歳月だったのでしょうか。そして今後めざすものとは…
古賀さん「他業種に比べ、本屋の利益率が低いことは昔から言われていることですが、これはなかなか変えることができません。引き続き、業界全体で取り組まなければならない課題だと実感しています。うちも直取引での買切りも時には選択しながら、利益率を上げるようにしています。これからもお客さんに来てもらえる店づくりをしながら、長く続けていければと思っています。店の中ばかりにいるとどうしても視野が狭くなりがちなので、今後はもっと外の世界にも出かけて行って、さらに店に還元していけるようにしていきたいですね」

【店舗概要】
店舗名:TOUTEN BOOKSTORE(トウテンブックストア)
所在地:〒456-0012 愛知県名古屋市熱田区沢上1-6-9
URL: https://www.touten-bookstore.net/駐車場:なし
筆談での案内も可能
決済方法:現金/PayPay/クレジット(タッチ決済含む)/図書券・図書カード
【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎