だれでも共に楽しく学べるインクルーシブなアートスクール(サクラアートスクール 岐阜県大垣市)
2024.06.07
【ここが最前線】障がいの有無・年齢などにかかわらず、だれでも共に楽しく学べるインクルーシブなアートスクール
岐阜県大垣市内の療育施設で作業療法士として勤務する原正憲さんは、2023年7月、大垣市かみいしづ緑の村公園のセンター研修室で、「サクラアートスクール」をスタートしました。月に4回程度、土曜日の午前10時から11時30分まで開講しています。理念は「だれでも、たのしく、たくましく」。スクールの活動の様子を取材しました。
※スクールの写真は参加者の許可を得て撮影しています。
■理念は「だれでも 楽しく たくましく」里山の自然豊かなスクールで共に学ぶ
土曜日の午前10時。緑の村公園のセンター研修室には、20人ほどの親子が原さんを囲んで座っていました。机の上には持参した絵具やクレヨン、筆などと共に1枚の画用紙。今日は何を描くのかな? 何をするのかな? 子どもたちの好奇心と期待に満ちた瞳が輝きます。
ホワイトボードには今日の学びのテーマと内容が書かれていました。それに沿って原さんが説明していきます。
原さん「皆さんの前に1枚の画用紙がありますね。まず紙を半分に分けて、それぞれに明るいクレヨンで四角いマスやシマ模様を描いて塗りつぶしていきましょう。塗り終わったら、片方はアクリル絵具で真っ黒に塗りつぶします。それが終わったらもう片方には動物とか魚、好きなキャラクターなどの形を黒いアクリル絵具で描いてください。最後に爪楊枝で黒く塗ったところを削りながら模様を描いていきます」
さっそく作業にとりかかる子どもたち。四角や丸など、思い思いの形に好きな色で紙を塗りつぶしていきます。定規を使って四角い小さなマスを描いてから塗りつぶしていく子どももいれば、丸や三角などをフリーハンドで描いて色を塗る子どももいる。手早い子もいればゆっくり丁寧に作業する子どももいるなど、それぞれのペースで作業を進めます。
原さんは子どもたちの様子を見守りながら、それぞれに的確なアドバイスをしていきます。中には横で子どもを見守るだけでなく、自分も熱心に作業をする保護者の姿も見られました。学年も地域もさまざまな子どもたちにとって、ここでの学びは実に得難い経験のようです。
保護者に、「なぜ、サクラアートスクールに通うようになったのか」をお聞きしました。
「知り合いに紹介されて通うようになりました。いつも楽しく活動しています。ここに来ると友達もできるので」
「習い事をさせたくてもほかの子とトラブルになったり、障がいを理解してもらえずに通うのを断られたりして長続きしませんでした。ここではどんなことをしても絶対に否定されないので、安心して通うことができます」
色塗りを終えた子どもは、つまようじで黒く塗ったモチーフを削りながら線画を描いていきます。すると下からカラフルな部分が現われ、新たなデザインが浮かび上がります。
原さん「これは、スクラッチというモダンアート技法の一つです。宝くじなどで、その場で硬貨で紙を削ると下から数字や当たりの文字が出てきますよね。原理は同じで、だれでも抵抗なく取り組むことができ、難しくはありません。根気よく取り組むことで忍耐力や集中力が生まれ、作品が完成することで達成感が味わえます」
最後に参加した子どもたち全員が自分の作品について発表し、お互いの作品を鑑賞しました。友達の作品を見ることで刺激を受け、互いに認め合い、新たな学びへのモチベーションアップにもつながります。
1回90分という大学の授業なみの時間でしたが、子どもたちの集中力はものすごく、あっという間に時間が過ぎて行きました。
アーティストから作業療法士へ “芸術は人生を豊かにする”
ふだんは作業療法士として、大垣市内の療育施設に勤務している原さん。アートとの出会いはどんなところから生まれたのでしょうか。
原さん「私は1981年に兵庫県神戸市で生まれました。神戸市といっても比較的山の方だったので、自然も豊かでした。子どものころは虫取りや生き物に触れることが好きで、何かを創って遊ぶことも好きでした。京都芸術大学(旧京都造形芸術大学)に進学し、石の彫刻を専門としていました。石を扱うということで関ケ原石材さんとご縁があり、アトリエをお借りして作品作りなどをさせていただいていました。10年ほど前に大垣市上石津町に移住。結婚を機にこれまで培ってきたアートを生かせる仕事ということで、3年間専門学校に通い、作業療法士の資格を取得しました」
原さん「アートは私にとって生きがいです。作業療法士の道を選んだのも、その原点には“芸術は人生を豊かにする”という思想があるからでした。アートは人間の表現力や観察力、思考力、多様性などを育てます。」
原さんは、仲間たちと共に立ち上げた療育施設で、障がいのある子どもたちの発達支援に携わりながらアート活動に取り組みました。ところが、しばらくして、施設の方針が変わり、アート活動をする場を失ってしまいました。
原さん「施設でアート活動ができなくなり、1年半ほど経ったころ、地域でアート活動をする場所がないかと考えるようになりました。そんな時、上石津在住の保護者の方から『地元で何かやってもらえませんか』というお話をいただいたのです」
そこで知人の空き家を借りて、まずは声をかけてくれた保護者の子ども1人から始めました。その後SNSや口コミによって徐々に人数が増え、今後もさらに増えることが予想されたので、2023年7月から大垣市かみいしづ緑の村公園にお願いしてセンター研修室を借り、「サクラアートスクール」を開講しました。
だれもが共に学べるインクルーシブな空間をめざして
スクールの対象者は年中から中学生まで。毎回10名前後が通っています。料金は通いやすいように月謝ではなく、チケット制(4回つづり8,000円 ※2ヶ月有効)にしています。
原さん「サクラアートスクール」の理念は“だれでも 楽しく たくましく”。絵を描くことが好きで、表現したいという気持ちを持っているお子さんなら大丈夫です。絵を描くだけではなく、デザインする、立体を創るのが好きな子もいるので、描画・デザイン・立体構成をスクールの三本柱にして、過去に私が行って来たプログラムを基に、子どもたちが飽きずに最後まで取り組めるようなわくわくするプログラムを組み立てています」
支援が必要な場合にはその都度、こどもの特性に合わせて適切に対応し、付き添いの保護者もワクワクしながら一緒にアートに取り組めるのは、「サクラアートスクール」の大きな特長です。
そんな原さんの今年の目標は、“アートを通して社会(家族)を明るくすること”。
原さん「社会全体を明るくすることは難しいですが、アートスクールに通ってくださっているご家族を明るくできればと思います。『習い事をさせたいけれど、なかなか障がいについて理解してもらえない』などの悩みを聞くことが多く、家族間でも暗い話題になりがちですが、どこかに参加することが大切だと思うんです。アート表現のような場だとみんな一緒に参加できる場所をつくっていけるのかなと。アートスクールの開講は私にとっての自己実現でしたが、さらに自己を超越した利他的活動(ほかの人を幸福にする)で、おかあさんや周りのご家族を幸せにできたらうれしいですね」
昨年は上石津町内にあるカフェギャラリーで、「MY FAVORIT THINGS 展」〜わたしのお気に入り〜と題して、「サクラアートスクール」に通う子どもたちの作品の展覧会とワークショップを開催。多くの人々が訪れました。今年も開催する予定です。
障がいのあるなしにかかわらず、分け隔てなく子どもたちが共に学べる教室をつくっていきたいという原さん。緑豊かな里山の地・上石津に拠点を構えたことで、また一歩、夢の実現に近づいたようです。
【スクール概要】
スクール名:サクラアートスクール
代表者名:原 正憲
開校:2023年
所在地: 岐阜県大垣市上石津町上多良前ケ瀬入会1-1
大垣市かみいしづ緑の村公園 センター研修室
事業内容:子ども向けのアートスクール
対象年齢:年中~中学生まで ※未就学児は必ず保護者同伴
時間:土曜日 10:00~11:30 ※月に4回程度 休校日は事前に連絡
料金:8,000円(チケット制・4回綴り)
持物:絵の具セット(水彩絵の具、筆、パレット、筆洗い)、クレヨン
連絡先:090-1915-0151
URL:https://www.instagram.com/sakura_art_school_2023/※詳細はお尋ねください。
【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎