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「おふくろの味」で健康長寿社会に貢献したい~90歳になる母親が主役の新規事業~

定年後から始める起業は、家族一緒に。

もともと情報処理の先生だったWさん。
勤めていた学校の定年を前に、定年後何をすべきかとあれこれ考えていた。
一方、Wさんのお母様キクちゃんは80代でお元気はつらつ。
彼女には、美味しいものをつくる特技があり、とくに、育てたシソを使って作る自家製の味噌は絶品。

Wさんにとっては40年以上も食卓で食べてきたシソ味噌。
最初は家族のためにキクちゃんが作り続けていたが、知り合いで病気の方がおられると差し上げて、それで元気になったといわれ、人の役に立つことをとても喜び、きくちゃんはそのシソ味噌を創り続けた。

Wさんは、この40年以上作り続けているキクちゃんのしそ味噌を、「商品」にして、多くの人に食べていただくという取り組みを定年後の事業にしてはどうかとひらめいた。
こんなに美味しいものだから、多くの方に食べてもらいたい。健康にも良い自然食品であるし、どなたにも喜ばれるはず・・・。

そして、高齢のお母さんにもずっとがんばってもらえることで、健康長寿を全うしてもらえるのではないか?
Wさんは家族と話し合い、この決断を実行に移した。

 

一度食べたらやみつきに!をキャッチフレーズに、母が作り、子は営業に奔走

このWさんの定年後起業は家族の協働ではじまった。
まず、商品担当は起業時84歳のキクちゃんとお友達のエイコさん。
自家栽培のシソを育て、お盆前の柔らかい時期に摘み、下ごしらえをして冷凍保存。
その後厳選した味噌と独自の製法で練り上げ、時間をかけてしっかり熟成発酵。
使用する原材料はすべて無添加で、ダシはあごと昆布。
そして出荷前に、隠し味などで仕上げて完成。
このように、大変、手間暇をかけたこだわりの商品を、平均年齢約80歳のお二人が担当する。

そして、その商品をもって、息子が営業を担当。
どうやって売る?どこに売り込む?さて、パッケージをどうするか?チラシは?ホームページは?

ご自身は40年以上も食べ続けてきた美味しいお味噌。自慢の自信の味だ。
どうすれば、これを一人でも多くの人に召し上がってもらえるか。
もともとパソコン教師であったWさんにとって、この家族の定年起業は新たな挑戦であった。

起業当初は、近隣の直売所などで販売し、評判上々でじわじわ売れたがもっと売りたい、もっと販路を広げたいと思うようになる。
Wさんは、地元だけでなく東京にも足を運び、いろんなお店を回ったり、紹介で訪問したりする。
その結果、そのおいしさがプロにも伝わり、芸能人も通う人気のおにぎりやさんにも採用されるようにもなった。

Wさんはもっと売りたい、もっとおふくろの味を都会の人にも知ってもらいたい・・。
業務用に使ってもらえるところへ販路を開拓したい・・。
と思っていた矢先、東京でバイヤーを呼んでの商談会があることを知り、それに出展しようと決意する。

私はそんなときにWさんに出会った。
もともと異業種でキャリアを積んできたWさんにとって、食の商談会はまったくの未知の世界。
この美味しいおふくろの味をプロのバイヤーたちにどうPRしたら良いか・・・。
Wさんは熱く、キクちゃんが作り続けてきたシソ味噌のことを語ってくれた。

「・・・という商品なんですけど、ブースでどう伝えたらいいですかね?」

 

食べる人に元気を与えるシソ味噌、家業で健康長寿を生き抜く

私はこのように答えた。
「ブースに、キクちゃんの笑顔や味噌づくりをされている仕事風景の写真を大きく掲示して、『私が作っています』と、キクちゃんご自身を主役に見せるというのはどうですか?あえて手作りっぽい展示にして・・」

その答えに、Wさんは驚いた。
「そうですか。は、大きくですね。田舎っぽくですね。なるほど、やってみます。」

私は、特に都会での商談会では、アナログな、昭和的な表現が、バイヤーの心に響くだろうと考えていた。

Wさんはその商談会で、他では例を見ない、自分の母親を主役としたポスターを作り、
おふくろの手作りの味をそのままアピールした。

「おかげさまでいい成果が出ました。商談も決まりました。これからもっと商品を磨いて、販路拡大していきます。」

という報告を聞く前後から、Wさんは今度は、広報活動にも力を入れ始めた。
勉強会や支援機関やいろんな場所に顔を出すうちに、マスコミとの出会いもあり、
地方紙の日曜版に大きく取り上げられることになった。
大きな反響を得て、注文も増え、販路も地元中心に広がり、さらに新たな市場へという意欲が高まる。

80代の女性たちの手による、こだわりの味噌づくり。そして息子家族による普及活動。
息子が60歳を越えてからの、家族起業という新しいビジネスモデル。
味噌を売りたいが先ではなく、この仕事を通じて、多くの人に喜んでもらいたい、そしてこの仕事を通じて生涯元気に暮らしたい。その想いがあるから、味噌づくりにもチカラが入る。

家族が元気にお仕事できる。お客様に喜んでもらえる。お客様から紹介してもらえる。
新たなファンが生まれる・・・やりがいがさらに増す。

若き日の起業と違うのは、一番優先すべきは「健康で続けられること」。売り上げ、儲けありきからの発想ではないから、続けられる。

これからの日本では、定年後の起業や家族起業というスタイルも大いにあり得る。生涯現役を貫くために、定年前から自分ができること、家族が幸せでありつづけることを前提に、新ビジネスを考えておくのも良いかもしれない。

このキクちゃん、先日90歳になられたとのこと。100歳まで、いや120歳まで、美味しいシソ味噌をつくり続けてほしい。

ちなみに、このシソ味噌、ごはんに、お酒にとても合う。(個人的にはおにぎりがおすすめ)

毎日、冷蔵庫にあるこの瓶を見るたびに、キクちゃんのくしゃくしゃな笑顔が浮かぶ。こんなコミュニケーションを「いただく」幸せが日本中に広がるように、Wさんの親孝行ビジネスは今日も続く・・・。

(協力 KIKU膳 http://kikuzen.jp/ )

 

筆者 今尾昌子  コミュニケーション・クリエイター
企業のマーケティングコミュニケーションおよび広報活動の指導や支援活動を行う。特に中小企業の発信力強化に尽力。企業相談や勉強会講師はもとより、ラジオナビゲーターとして中小企業の発信の場づくりに取り組むなどユニークな活動も展開。指導してきた中小企業はのべ1000社以上。認知度向上、企業の活性化に現場目線で取り組む。岐阜市出身。
グラン・ルー代表。
公式サイト http://www.mahsa.jp