文化、アート、食など多彩な催しをするお寺の中のカフェ&ギャラリー(川瀬富士美さん 「縁舎」(岐阜県揖斐川町)
2026.08.04
(ここが最前線)お寺の中の築100年の旧保育園をリノベーションし、文化、アート、食、健康といった多彩な催しにより人生を豊かにする縁を創出。
2021年、岐阜県揖斐川町谷汲の善立寺の境内に、かつて保育園の園舎として使われていた築100年の建物がリノベーションされ、ブックカフェ&ギャラリー「縁舎」(ENSHA Coffee, Books and Gallery)」としてよみがえりました。
縁舎では、異文化、伝統文化、食、音楽、身体表現、詩、ウェルネス、ものづくり、マルシェ、季節の行事、子ども向け行事といった、多彩な催しを開催しています。
これらの催しを企画・運営しているのは写真家でもある店主の川瀬富士美さん。川瀬さんに、縁舎の取り組みを始めた理由や、人々に伝えたいこと、未来に遺したいことなどについて伺いました。
川瀬富士美さん(提供:縁舎)
旧保育園の園舎を「縁舎(縁が生まれる場所)」へとリノベーション
揖斐川町谷汲は大垣から北へ、車で約1時間走った所にあります。西国33番満願霊場である谷汲山華厳寺(通称「谷汲さん」)を中心に開かれた門前町で、春の桜、秋の紅葉時期をはじめ、毎年2月の豊年祈願祭に仁王門門前で行われる谷汲踊りを楽しみに参拝する人も多いようです。
谷汲の東部、本巣市と境を接する長瀬地区の浄土真宗本願寺派の善立寺(ぜんりゅうじ)の境内に「縁舎」はあります。大正時代に建てられ、築100年になる旧長瀬保育園の園舎をリノベーションして、2021年4月にオープンしました。
縁舎外観

カフェの中には園舎時代の机と椅子がテーブルとして並び、懐かしい雰囲気を醸し出している
川瀬富士美さん「旧長瀬保育園は昭和58年に閉園しましたが、その後も善立寺の報恩講などに出されるお斎(とき)の会場などに時々使われてきました。でもこのままではもったいないし、みんなの思い出が詰まった園舎をもう一度人々が集い、ご縁が芽生える場所として生かしたいと考えたのです」
地元の大工さんに手伝ってもらいながら、富士美さんは床や天井などを磨き、珪藻土で壁を塗るなどして仕上げていきました。特にこだわったのは物置にしまい込まれていた格子窓や保育園時代の机などを、できるだけカフェの備品として使うこと。
川瀬さん「サッシと違って木枠の入った窓は趣きがあって、とても暖かい感じを受けたのです。まるで窓が『私を使って』と呼びかけてくるようでした」
カフェの奥にはギャラリースペースを作り、テーマを設けて写真や書、絵画などの作品を展示できるようにしました。川瀬富士美さんの夫で映像人類学者である夫の川瀬慈(いつし)さんの著書や寄贈された本なども置かれています。善立寺は慈さんの実家です。

こうして保育園の園舎は、いろいろなご縁が生まれる「縁舎」へと生まれ変わりました。
エチオピアに心奪われて
川瀬富士美さんは群馬県の出身。学生時代にはさまざまな国を訪れましたが、中でもエチオピアへの旅はその後の川瀬さんの人生に大きな影響を与えました。
川瀬さん「ひょうたんを酒器にしたり、土をこねて焼いて土器を作ったり、牛糞と泥と草をこねたもので家を作ったりと、自然の素材を利用しながら暮らすエチオピアの人々の暮らしに心を奪われたのです。お金を出してものを買うのが当たり前になっている日本では考えられない生活に新鮮な驚きをおぼえましたし、そこから生み出される道具や食器、生活雑貨などはとても美しいと感じました」
エチオピアから帰国後、川瀬さんが撮影した写真があるカメラマンの目に留まり、東京と大阪のニコンサロンで展覧会を開くことに。そして川瀬さんは写真家のアシスタントとして、本格的にプロカメラマンの道を歩み始めます。

「エチオピア南部の村にて」撮影・川瀬富士美 1998年
生涯の伴侶と出会う
5年後、川瀬さんは自分が撮った写真を持ってエチオピアを再訪。被写体になってくれた人々と再会を果たします。
エチオピアでは新たな出会いが待っていました。それは後に伴侶となる川瀬慈(いつし)さんです。音楽が好きな慈さんは、音楽を職能として生きる楽師や吟遊詩人などを対象にエチオピアでフィールドワークをしていました。
やがて二人は結婚し、川瀬富士美さんは慈さんの実家である善立寺に入ることになりました。
浄土真宗 本願寺派 櫻龍山(おうりゅうざん) 善立寺の山門
お寺で自分ができることを模索する
クリエイティブな世界からお寺へと、まったく異なる信仰の世界へと足を踏み入れた川瀬さん。そこにはいろいろな葛藤もあったといいます。
川瀬さん「これまでお寺とはほとんど縁のない世界にいたので、お寺というものに対する固定観念がなく、異文化に飛び込んだような感じでした。自分がこれまでいた自由でクリエイティブで国際的な環境とは違い、とても保守的で、日本昔ばなしの世界に来たようでした。でも、お寺に入った以上は、お寺の人らしく振る舞わないといけないわけで、さあ困ったぞ、何も知らない私に一体何ができるのか、ということをずっと模索してきました」
模索の中で具体化したものが「縁舎」のリノベーションと催しの企画・運営です。
「縁舎」は現在は水・金・土(10時~16時 ※土曜日はランチ、喫茶のみ)に営業しています。「縁舎」が企画・運営するいくつかの催しについて紹介します。
代々伝えられてきたお斎(とき)の味を伝える「お寺ごはん」
毎月第1週の金・土は「お寺ごはん」の日として、代々善立寺に伝えられてきたお斎(とき)の味を伝えています。
川瀬さん「お斎というのは仏事の後に僧侶や出席者にふるまわれる会食のことです。本来は仏教の教えを守って肉や魚を使わない精進料理が基本です。近年はお斎の担い手が少なくなってお斎そのものがなくなったり、仕出し屋さんなどからとるケースも増えてきましたが、うちの寺は幸いお斎のお手伝いをして下さる方々が残っています。お斎の味を後世に伝えられないのはもったいないと思い、『お寺ごはん』という名前で月に一度だけ、カフェで提供することにしました」
「お寺ごはん」の名前で提供される善立寺のお斎
(撮影:川瀬富士美さん、提供:縁舎)
エチオピアのランチとコーヒーセレモニーでエチオピア文化に触れる
川瀬さんの人生の転機ともいえるエチオピア文化を体験する催しとして、2カ月に1度ぐらいの割合でエチオピア人の夫妻を招き、「縁舎」でエチオピアのランチと「コーヒーセレモニー」を行っています。
このイベントは夫の慈さんが偶然、近くの大垣駅でエチオピア人のハイルさんに出会ったことがきっかけで始まったそう。
エチオピアはコーヒー発祥の地。コーヒーセレモニーはゲストを招いた時、相手をもてなす意味も含め、互いの親睦を深めるために行う伝統的な儀式だそうです。
川瀬さん「コーヒーセレモニーはフランキンセンス(乳香)を焚き、ゆっくりと静かにコーヒー豆を焙煎するところから始まります。フランキンセンスには場を浄化し、精神を安定させ、安らぎをもたらす力があるとされます」

コーヒーセレモニー(撮影・提供 縁舎)
「コーヒーセレモニー」の前には「インジェラ」と呼ばれるエチオピアの伝統食が供されます。インジェラとはテフというイネ科の穀物を発酵させてクレープのように焼いたもので、その上に野菜やお肉などのいろいろな煮込みが乗っています。
寺子屋シネマで世界を知る
2016年から「寺子屋シネマ」を年に2,3回開催しています。映画鑑賞やトークイベントなどを通じて世界のことを学び、視野を広げることにつながればと思って始めたイベントです。
第1回の慈さんが撮ったドキュメンタリー映像「エチオピアの子ども・音楽」に始まり、これまでさまざまな分野の人々が講師として登場。2026年6月に第26回を迎えました。
川瀬さん「第26回には「アルタイ地域の牧畜民にとって喉歌とは」というタイトルで、内モンゴル出身のチャリスさんをお迎えして、モンゴルの牧畜民の暮らしについてお話しいただき、喉歌の実演をしていただきました。喉歌は、モンゴルのホーメイ、ホーミーと呼ばれるものが有名で、家畜や鳥の鳴き声、風や山々の音などを真似たものです。アルタイ地域の様々な遊牧民に伝わる独特の音声文化の一つで、喉から低音や高音を出します。聴かれた方の中には『住職さんのお経みたいだね』と仰った方もありましたが、遊牧民の暮らしから生まれた不思議な音色です。聴いているとあらためて人間も自然の一部であることを感じます」
喉歌に聴き入る人々
(撮影:川瀬富士美さん 提供:縁舎)
地域の古い写真を頼りに「記憶の地図」を紐解く
善立寺に「縁舎」ができたことで、近所の人たちもカフェを訪れるようになりました。カフェの店内に旧長瀬保育園が開かれた当初の写真を飾っていたところ、それを見ながら卒園生たちが思い出話に花を咲かせるようになったのです。
川瀬さん「昔話をしているみなさんの様子は、これまで見たこともないほどいきいきとして楽しそうでした。写真には人々の記憶を呼び覚ます力があることを感じ、近所の方々に昔の写真があったら提供してくださいとお願いしました」
こうして集まった写真には結婚式や野辺(のべ)送りなど、失われてしまった地域の行事や風習、保育園で活動する子どもたち、そして今は亡き家族や近所の人々が写っていたのです。これらは処分される寸前だったものを、富士美さんが見つけたものでした。
2026年から川瀬さんは尾州の繊維産業をテーマに作品制作をしている写真家の末松グニエさんと共に、「縁舎」のカフェギャラリーで写真展を開催しています。末松さんは「社会と写真」というテーマで5.7.9.11月に、川瀬さんは「記憶の地図」というテーマで6・8・10・12月に開催。期間中は末松さん、富士美さんがそれぞれナビゲーターを務め、ギャラリーに集まった人々を思い出という記憶の海に誘います。
川瀬さん「私はお寺に嫁いで写真家としての活動はできなくなったなと思っていましたが、地域に残る写真を集めて後世に残すことは私の仕事だと思うようになりました。ネット社会では発信するスピードも速いけれど、失われていくスピードも速い。私はそうではない方法で伝え遺していきたいですね」
写真を見ることで過去の記憶を思い出すと同時に、当時の村の風習や慣習などを思い出し、失われた記憶の断片を繋ぎ合わせて次の世代に伝えること。次の世代にとっては自分たちが生まれる前のことで知らないことではあるけれど、過去を知ることは自分たちの未来を考えることにつながります。そうして過去の記憶を次の世代につないでいくことが、自分の果たす役割であると川瀬さんは考えています。
3点とも「縁舎」カフェギャラリーに展示してあった懐かしい写真たち
地域に眠っていたアルバムから
「人が集い、訪れた客同士がつながり縁が生まれる場所にしたい」と2021年4月にオープンした縁舎は、これからも様々な縁を生み出していくことでしょう。
【施設概要】
名称:「縁舎」(ENSHA Coffee,Books and Gallery )
所在地:〒501-1303 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲長瀬1550 善立寺境内
TEL:090-5627-8700
営業日:カフェの営業は水・金・土 10:00∼16:00 ※土曜日は11:30~
要営業カレンダー確認
URL:https://www.instagram.com/ensha.zenryuji/
【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎