枡の生産量全国シェア8割の大垣市で枡の新たな魅力を発信(有限会社大橋量器、岐阜県大垣市)
2026.06.05
(ここが最前線)量器・酒器から、インテリア、ノベルティへ 枡の新たな魅力と価値を発信
「あなたの家に枡はありますか?」と尋ねると、「枡ってなに?」という答えが返ってきそうですが、皆さんはどうでしょうか。
古来、枡は量器(容積を量るための器具)として使われてきました。しかし、現代ではその意味合いは薄れ、酒器やノベルティ、ギフトなど、和文化の香り高い生活グッズとして人々を魅了しています。
そんな枡の一大産地が、実は東海地方に存在します。それは岐阜県大垣市。同市における枡の生産量は全国シェアの8割を占めます。現在、市内で枡を生産している事業者は4社。中でも枡の魅力を生かした企画提案をするなど、枡文化をけん引している「大橋量器」の大橋博行さんを訪ねました。

これ、み~んな“枡”ですから!
「大橋量器」は大垣市のほぼ中心部、かつては大垣城の外堀だった水門川沿いにあります。川の東には大垣市役所が建ち、大垣城や大垣公園、松尾芭蕉ゆかりの「奥の細道むすびの地記念館」なども徒歩で行ける距離です。
「大橋量器」では来店者が枡を手に取って見られるように実店舗「枡工房枡屋」を運営。枡を製造する工房は店の横にあり、足を踏み入れると枡の原料である桧の爽やかな香りが漂ってきます。

大橋さん「うちは原木を板で仕入れ、乾燥させてから枡づくりに使います。店の隣にあるのが乾燥場です」
実店舗には酒器として仕えるオーソドックスなものから戦国武将の盃をイメージしたという三角形の「すいちょこ」、ミニ枡を使ったイヤリングなどのアクセサリー、枡を使った照明器具「灯します」など50種類ほどの枡グッズが並べられ、それらを見ているとこれまで抱いていた枡のイメージが大きく変わります。



「灯します」と名付けられた照明器具は大橋さんの奥様の発案だそう。隙間から漏れるオレンジ色の灯りはとてもあたたかく、一隅を照らします。

和のテイスト漂うキュートでモダンな枡グッズ。大垣をアピールする商品としても人気があるのがうなずけます。
大橋さん「枡を見た女子が『かわいい』と言うんですよ。それを聞いた時は、驚きでしたね。自分の中で考えていた枡のイメージが上書きされた思いでした」
大橋博行さんと枡 「枡屋」の前で
大垣の枡は名古屋から伝わった
昔の家屋を改築した店の一角にあるレトロな商談スペースで、大橋さんにこれまでのお話を伺いました。
大橋さん「大橋量器は1950年に始まりました。創業者は大橋むねという私のおばあちゃんなんです。はじめは枡だけでなく、物差しや身長計などの量器も製造していましたが、枡のニーズが高まるにつれ、枡専門メーカーになりました」
——なるほど。それにしてもなぜ、大垣で枡だったのでしょうか。
大橋さん「大垣で枡の生産が始まったのは1890(明治23)年でした。当時、枡づくりの中心地は名古屋だったのです。そこで大垣から名古屋へ1人の職人が桶づくりを習いに行き、その人が大垣に戻って木桶の製造を始めました。すると『桶だけでなく枡も作ってほしい』という要望があり、大垣で枡の生産が本格的にスタートしました。最初に枡の生産を始めたのは「衣斐量器製作所」だったと聞いています。やがて大垣は、名古屋に代わって枡づくりの本場になっていきました。最盛期には枡の製造業者が市内に11[純門1.1][頼松1.2][WS1.3][頼松1.4]社あったといわれています」
——枡づくりが大垣で盛んになったのはなぜでしょうか。
大橋さん「一つは名古屋へ桶づくりを習いに行った最初の人が大垣に戻ってきたこと。そして、もう一つは“水の都”と呼ばれるほど、水が豊かで水利に長けていることです。すぐそばを揖斐川が流れ、水門川から杭瀬川、さらには伊勢湾へと通じる舟運も盛んでした。松尾芭蕉も大垣から桑名へと舟で旅立っています」
また、大垣は木曽や東濃といった桧の産地にも近く、枡の材料が手に入りやすかったこと、そして、地理的に日本のほぼ真ん中にあるため、舟運を利用して全国に枡を運搬することができたからとも言われています。

IBMを退職し、家業の枡づくりを継承
幼い頃から枡の製造現場を見ながら育ってきた大橋さん。ご自身のこれまでの道のりについてうかがいました。
大橋さん「子どもの頃から『家業を継げ』と言われて育ち、その言葉が染み込んでいたので、継ぐことに抵抗はありませんでした。ただ、それは”すぐ”ではなかった。大学卒業後は外資系IT企業の『日本IBM』に就職し、名古屋で勤務。営業職として6年間働いた後、大垣に戻ってきました。父に『結婚したい』と伝えると『家業をやれ』と言われ、どうせなら早い方がいいからとIBMを退社。結婚して1年半後に『大橋量器』に入社したんです。1993(平成5)年でした」
危機からの脱出 新たな視点で枡の魅力を提案
入社後、大橋さんはまず工場で働き始めました。
大橋さん「父からは『すべての工程をやれ』といわれたので、ひととおり経験した後、毎日、枡の組み目を加工する「カッター」と呼ばれる工程を担当していました」
枡づくりは釘を使いません。そのかわり、側面となるパーツにロッキングカッターと呼ばれる機械で凹凸の溝を互い違いになるように削りだしてはめ込んでいきます。大橋さんが担当していたのは、その溝を削りだす工程でした。
カッターを操作するスタッフ
工場で働きながら将来は経営者となる息子に父が伝えたことは、「生産効率をつかめ」ということでした。
入社して1年目の後半が過ぎた頃、枡の売れ行きがあまりよくないなと感じた大橋さんは、酒造メーカーに営業に行きました。かつては1億円あった売り上げが、当時は5,600万円ほどに落ち込んでいたそうです。
大橋さん「この頃には枡は酒器としての使い方が一般的になっており、売り上げを伸ばすには蔵元やお酒を扱う問屋さん枡メーカーは酒造メーカーに直接卸すのではなく、資材問屋や卸問屋を介するのが普通でした。ところがうちの場合は問屋さんとのパイプが弱かった。つまり販路を拡大する必要があった。ですから、酒造メーカーに直接営業に行くようになりました」
こうして業績も少しずつ上向きになり、6年目で8,000万円ぐらいまで戻りました。ところが7年目、8年目で売上は頭打ちに。危機感が高まる中、酒造業界に頼ってばかりの現状に限界を感じた大橋さんは、次の戦略を考えました。それは枡の魅力を再発見し、それを積極的に発信していくことだったのです。
大橋さん「このままではいけない。もっとニーズを広げるには、これまで培ってきた枡づくりの技術を生かしながら原点に立ち返り、新しい視点でのものづくりをしなければと考えるようになりました」
動くことでチャンスに恵まれ、新しい提案が生まれる
大橋さんは酒造業界ばかりではなく、これまで関わることのなかった業界にも足を運ぶようになりました。
大橋さん「私が動くことでいろいろなチャンスにめぐり合うことができるようになりました。動き回ったことで、大垣は枡の生産地であるという認知度が上がったのです。枡を使ったゲームやワークショップなどを行うことで、大垣の枡をPRする大垣「ます」まつりや、ソフトピアの青年会議所のイベントにも出店させていただけるようになるなど、あちこちから声がかかるようになりました。枡とはこういうものという既成概念にとらわれず、インテリアの一部として、あるいはノベルティやアクセサリーとして。これまでにない枡の新しい提案をしていったのです」
若い感性が枡づくりの現場に新たな風を吹き込む
大橋量器の枡づくりは、枡を製造するための桧の板を仕入れるとこから始まります。モルダーと呼ばれる機械で木材の上下左右四面を同時に削り、枡の寸法に合わせてカット。枡の組み目(ほぞ)を加工した後、4枚の板をのり(食品衛生上安全なのり)で接着。枡の側面となる木枠を作った後、木枠の上下を平らにします。そして、底板を接着して枡の形に成形します。仕上げに円盤かんなを使って枡の表面をきれいに削ります。最後に枡の角を手カンナ、または面取り機で整え、焼き印やレーザー、シルクプリントを用いて名入れなどの加工を行い出荷します。
大橋さん「枡の完成までには11の工程があります。機械は使いますが、人の手は不可欠。シンプルだけに奥の深いのが枡づくりのおもしろさかもしれません」

工場を見学して、若いスタッフが多いことに驚きました。「大橋量器」では、若者を積極的に採用しています。
大橋さん「大卒の新入社員を初めて受け入れたのは2013年でした。きっかけは、地元のNPO法人G-netが主催する長期インターンシップのプログラムに賛同したことです。うちが作っているのは枡という伝統産業で、今の若い人たちにとってはなじみのないものですが、積極的に新しい取り組みを行い、生活が楽しくなるような提案をしてくれる。ですから大橋量器に入れば、他ではできない面白いことがやれそうだと思って来てくれるのでしょうね」




工場の中は薄暗く、板壁が張られ、ところどころ土壁の素地が見えています。近代的な工場とはまったく違った趣があり、枡が生まれるのにふさわしい場所なのかもしれません。酒蔵や味噌蔵には発酵の妖精が棲んでいると言われますが、枡工房にも桧の香りのする妖精が棲んでいるのかも…


伝統産業と共に生きる
2018年の秋、大橋量器は大垣市の商店街の空き店舗を利用して「masu cafe」をオープンしました。インテリアとして枡を壁にあしらい、ドリンクやスイーツの容器として枡を使う。
これまでにない枡の新しい使い方の提案です。
2019年には枡メーカーがつくる内装材「MASPACIO(マスパシオ)」が誕生。
大橋さん「枡の魅力を世界へ広めたいと考え、2012年からは積極的に海外の展示会にも出展してきました。内装材としての枡の魅力に気づくきっかけになったのは、ニューヨークのある展示会に出たときのことでした。イギリスのレストランデザイナーから、14,000個もの大量注文があったのです。そんなにたくさんの枡を何にどうやって使うのか、見当もつきませんでしたが、後で送られてきた写真を見てびっくりしました。幾何学的に積み上げられた枡が、パーテーションとして使用されていたのです。立方体の集積が生み出すインパクトのなかに、枡がもつ伝統やひのきの温もりを感じる。それこそまさに、枡にしかつくることのできない世界観でした。ぜひ、これを自社商品として提案したいと思い、枡を使った内装材の商品化に向けての取り組みを始めたのです」
大橋量器の新たな挑戦は、メディアにも好意的に受け取られました。上質なヒノキの端材活用は、未来の森林づくりやサステナブルな社会にも貢献する内装材でした。そして、外部の協力者とも協議を重ねた結果、2019年に枡の内装材ブランド「MASPACIO(マスパシオ)」が誕生します。和文化の香り高い枡が幾何学的でモダンな空間デザインを生み出すとはだれが想像し得たでしょうか。
コロナ禍真っ最中で、状況は非常に困難でしたが、「MASPACIO」はただひたすらに枡の可能性を信じて作り続けて来た大橋量器ならではの新たな挑戦として、さまざまなメディアで紹介され、周知されていったのです。
日本における伝統産業は、決して今、良い状況にあるとはいえません。しかし、大橋さんはいいます。
大橋さん「人々の日常の暮らしに根ざしてきた枡の文化をなんとかして後世に伝えていきたい。枡が使われなくなれば、これまで培われてきた技術も途絶えてしまう。枡のニーズを生み出すことが私たちのミッションだと考えています」
枡を使うことで森林にも良い環境を生み出すことができると考え、「大橋量器」では小学生に桧の苗をプランターに植える体験活動をしてもらっています。きっかけは郡上の林業家と出会ったことでした。
大橋さん「熊は桧の樹液をなめるために植林された桧の樹皮をはぎとりますが、はぎとられた桧は枯れてしまいます。プランターに植えた桧の苗を山に植樹すれば熊のえさになるし、熊も里にでてくることなく人間と共存していけるのではないかと」
これまでにウッドデザイン賞はじめ、数々の賞を受賞している大橋量器。
大橋さんと若者たちの挑戦はこれからも続きます。

【会社概要】
有限会社大橋量器
〒503-0908 岐阜県大垣市西外側町2丁目8番地
第二工場 岐阜県大垣市築捨町5丁目58−1
TEL(0584)78-5468
HP:https://www.masukoubou.jp/「MASPACIO」:https://maspacio.jp/
【取材・文】
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまでライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘りすることで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎