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コッペパンに夢をはさむ下町の専門店~地域の活性化を目指したプチ起業~

自宅を改装して、小さなパン屋を開業

「土日のみ営業 コッペパン専門店」と、ボードにやさしい文字で書いてあった。
東京は日暮里駅から数分。谷中霊園のほど近い住宅街に偶然みつけたパン屋。
道路の脇のホワイトボードのお陰でその存在に気づいたが、そのボードがなければ気づかなかったことだろう。

「なんだ?へえ?普通の民家なのにパン屋?」
土日しか営業していないという限定ぶりにびっくり。そんなことで商売は成り立つのか。
また、コッペパンの専門店というのも気になる。

どうみても店舗用に建てたのではない、住宅の一角というところも珍しい。
素通りできず、ちょっと勇気をもってその民家店舗に足を踏み入れた。

住宅の玄関とは別に店舗用の入り口になっているが、お客は1人か2人しか入れない。そしてカウンター越しに注文をする。カウンター奥にはパンを焼くオーブンがあり、焼きあがったパンたちが並んでいる。
香ばしい香りがたまらない。
自宅を改装して作ったパン屋さんではあるが、一歩中に入れば、専門店らしい雰囲気が漂っている。

「いらっしゃいませ~」と、上品な声が聞こえてくる。
カウンター内で接客されているのは、60代後半か70代前半ぐらいのご婦人。
エプロン姿がなんとも微笑ましく、一生懸命に対応されているが、プロのスタッフというよりは店主のお母さんという印象だ。
言葉遣いも丁寧で、やさしく、マニュアルどおりのお店とは対照的でかえって好感度が増す。

私がお店に入ると、すぐに他のお客さんが入ってくる。
「いつものあります?」との問いに、常連さんが多いことに気づく。
「すみません。もう今日は売り切れてしまって・・・」
丁寧な接客をするご婦人の後ろでせっせとパンを焼いているのが、ここのご主人である女性。真剣なまなざしに、職人さんだな~と一目でわかる。

接客を手伝うお母さんとこの職人さんと二人でやっておられるのだ。
なんとも親孝行なお店だ。

パンの種類も多すぎず、あくまでもコッペパンがメインのお店だ。限定で食パンも焼いている。
あとは焼き菓子が何種類か個包装でカウンターを彩る。
地元谷中の猫グッズなどもさりげなく販売していて、小さいながらも楽しさ満載だ。
当店では手作りジャムも何種類かあって、希望のものを挟んで提供してくれる。
季節のフルーツのジャムが売りのようだった。私が試したみたのはキウイのジャム入り。
「酸味が効いておいしいですよ。」店主のおすすめに素直に従いたくなる。
何から何まで手作りというので、さらに好感を持つ。

 

パン職人の修行、教室主宰、地域の人に寄り添い、そして自宅に店をオープン

実は、私がこの店を発見したのは、私が東京を引っ越す直前であった。
引っ越したら頻繁には来られないと思いつつも、その素朴さと、不思議な感覚と、
何よりパンのおいしさが余韻となり、後ろ髪をひかれるような思いになり、
また機会があったら寄ってみようと思っていた。

上京する際に、パンの取り置き予約をして、再び、その小さなお店に足を運ぶ。
名古屋から都内の下町へパンを買いに来る客は珍しいようで、
パン職人のご主人は大変に喜んで迎えてくれる。
今回、営業時間を少し過ぎた頃、少しお話を伺えた。

ご主人はこの谷中で生まれて育った、生粋の下町っ子だ。
若き頃にパン職人を目指し、海外で修行され、戻ってパン教室を主宰し、
地域のママたちにパンの作り方を指導されてきた。
子どもさんが小さくて通えない方には出張してまで教えた。
パンというものは、最後は自宅で作ってほしいものだから、
家にあるものを使って作るということを教えてきたそうだ。

そして、その後、周囲の要望があり、ついにお店を構えることになる。
ご自宅の一部を使っての開店だ。
お母さんに手伝ってもらい、二人で週末限定のパン屋を営んでいるわけだ。

繁華街にある大きな、著名なパン屋とは違う。小さいけれども店主の思いが溢れている、
そんなところがお客を引き付けているのと、なんといってもコッペパンという商材へのこだわりが気になる。

 

近所の商店街のお惣菜をコッペパンに挟んで、食べ歩きしてほしい。

店主にたずねる。
「なぜ、コッペパンをメイン商品にしたのですか?」

ここで、真面目な表情であった店主のお顔が少し緩んだ感じがした。

「実は、近くに谷中の商店街があるんですね。そこでいろんなお惣菜を売っているので、お客さんが好きな惣菜をこのコッペパンにはさんで、歩きながら食べてくれたらいいなと思いまして・・・」
「コッペパンひとつででも、この商店街、この町の活性化に貢献できたらいいなと思って、はじめたんですよ」

私はこの言葉に深く感動した。

確かにコッペパンといえば、昔懐かしい戦後日本を代表するパンだ。
食パンでサンドイッチも良いけれど、コッペパンは携帯性も良く、下町にもよく似合う。
そして下町商店街のお惣菜を挟むとなれば、そのバリエーションは無限大。思わず笑顔が生まれてくる。

この店主が、コッペパンを通じて、
下町をもっと楽しく、コミュニケーションあふれる街にしようとしている
下町の人ならではの発想を、微笑ましく、とても温かいと感じた。

自宅を改装して起業した小さなコッペパン専門店。
先日3周年を迎えられた。ご近所の方たちの応援団も多いはずだ。

そして私のように、たまたま立ち寄っただけでこのお店のファンになり、
この店に来るために、また谷中に行こうという人も増えていることだろう。

販売個数、売り上げ、知名度いずれも大切だ。だが、それ以上に、身の丈で親孝行をしながら、地元の商店街を活性化していこうという心意気が、地域の人にこのお店を応援したいという気にさせ、また、立ち寄ったお客をこのお店のファンにさせずにはいられないのではないか。

自社・自分のお店のことだけ考えるマーケティングには限界があるかもしれない。
しかし、自社だけでなく、地域とともに活きることを考えた取り組みをすることで、
応援団やファンができ、結果的にマーケティング効果も生まれるのではないか。

このコッペパン専門店から、そのように考えさせられた。
まさに、コッペパンに夢を挟むお店だ。

さあ、今日は何を挟みます?
カレーコロッケ?ミンチカツ?ポテトサラダもいいし、当店のジャムもよし。
小さな単品のお店の存在意義は、とてつもなく大きい。

どうか、長く永くお母さまと一緒に頑張ってほしい!
私は上京する際には、またぜひ、わざわざ立ち寄りたいと思っている。

 

(協力 パン工房 こむぎゅ http://www.komugyu.jp/ )

 

筆者 今尾昌子  コミュニケーション・クリエイター
企業のマーケティングコミュニケーションおよび広報活動の指導や支援活動を行う。特に中小企業の発信力強化に尽力。企業相談や勉強会講師はもとより、ラジオナビゲーターとして中小企業の発信の場づくりに取り組むなどユニークな活動も展開。指導してきた中小企業はのべ1000社以上。認知度向上、企業の活性化に現場目線で取り組む。岐阜市出身。
グラン・ルー代表。
公式サイト http://www.mahsa.jp