東海地方発、世の中にインパクトを与える企業・団体・個人の最前線の情報を届けます。

東海最前線

最高のホスピタリティと感動に出会える空間を演出する「アクアイグニス」。オープン10年目に入り、新たなるステップへ (三重県三重郡菰野町) 

2021.11.01

社会・地域

【ここが最前線】ホスピタリティを大切に、一流の料理人やアーティストたちとここでしか味わえない魅力を創り出す

三重県の有名な観光地や名物といえば、真っ先に思い浮かぶのが、
伊勢神宮とおかげ横丁などその周辺。
さらに松阪牛で知られる松阪や、真珠の養殖で知られる志摩半島周辺など。
思い浮かぶ場所はどちらかと言えば、県南部に多いように思います。

そのような中、2012年10月、県北部の三重郡菰野町に、食と癒しをテーマにした
複合温泉リゾート施設「アクアイグニス」が誕生しました。

東海3県はもとより遠方からの観光客も大幅に増加。
2021年7月には中勢の三重郡多気町に、
日本最大級の大型商業施設「VISON」がオープンし、大きな話題となっています。

創業10年目で新たな挑戦をスタートさせた今、代表取締役で創業者の立花哲也さんに
「アクアイグニス」創業の経緯やご自身の思い、今後の展望などをうかがいました。

立花哲也さん(写真は「アクアイグニス」提供)

 

鈴鹿山脈の北麓・湯の山温泉近郊に誕生した「アクアイグニス」

一面に広がる緑の芝生と水面に映る白亜の建物、奥に見えるガラス張りのテラス。
その光景はさながらヨーロッパの高級リゾートのよう。そして真上を走る高速道路。
思わずこれは本当に日本かと目を見張るような光景が広がっています。

ここは三重県四日市市のお隣・菰野町。
鈴鹿セブンマウンテンの一つ、御在所岳の麓にあります。近くには約1300年の
歴史を持つ名湯・湯の山温泉がありますが、
ほかにはとりたてて観光地らしいものはなく、
近鉄四日市駅と湯の山温泉駅を結ぶ近鉄湯の山線が通り、時折、御在所岳や
鈴鹿スカイラインなどを行き来する車が走るような、のどかな郊外の町でした。

2012年秋、「アクアイグニス」が誕生し、
都会から多くの観光客が訪れるようになりました。

日本有数のパティシエでショコラティエ(チョコレート専門の菓子職人)の
辻口博啓さん※のスイーツショップ「Confiture (コンフィチュール・アッシュ)」、
  ※「つじ」はしんにょうですが、表記できないため、ここでは「辻」と表記させていただきます。
イタリアンのシェフとして名高い奥田政行さんの
「Sa-la Bianchi Al -che-cciano(サーラ ビアンキ アル・ケッチァーノ)」、
予約がとれないことで有名な和食の名店、笠原将弘さんの「賛否両論」、
旬の食材を生かした割烹料理が味わえる「露庵温味(ろあんあたたかみ)」など、
厳選された食の名店が並んでおり、宿泊もできます。

辻口博啓さんの「コンフィチュール・アッシュ」。 コンフィチュールは果汁を砂糖でしっかりと煮詰め、その後果肉を漬ける。 ジャムに比べて果肉のゴロゴロした感じがよく残っている。 彩り豊かなケーキも人気(写真は「アクアイグニス」提供)
辻口博啓さんのベーカリー「マリアージュ ドゥ ファリーヌ」。フランス語で「粉の結婚」を意味する。厳選した国産小麦を組み合わせてオリジナルの小麦を作り出し、スペイン製の石窯で毎日焼き上げるパンはとてもおいしい。(写真は「アクアイグニス」提供)
奥田政行さんの「サーラ ビアンキ アル・ケッチァーノ」のランチメニュー。魚介や肉、野菜との絶妙な組み合わせがじっくりと味わえる。(写真は「アクアイグニス」提供)
笠原将弘さんの和食の名店「笠庵」賛否両論の鯛茶漬け。店内では三重県の旬の食材を生かした和のフルコースが気軽に楽しめる。(「アクアイグニス」提供)
「笠庵」 賛否両論の奥にある扉を開いたところにある「露庵温味(ろあんあたたかみ)」。9席のカウンターのみだが、旬の食材で一品一品丁寧につくられた割烹料理はとても美しい。(写真は「アクアイグニス」提供)

 

癒しの温浴施設は、加水や加温、循環は一切なしの
源泉100%かけ流しの天然温泉「片岡温泉」。

土づくりからこだわった辻口博啓さんの畑では、
12月∼5月までいちご狩りが楽しめるなど、
「アクアイグニス」でしか味わえない体験ができることも大きな魅力となっています。

片岡温泉。大きなガラス窓からは陽光がふんだんに差し込み、竹林の緑がとても美しい。(写真は「アクアイグニス」提供)

 

20歳で建設会社を創業し、約10年後には年商十数億の会社に成長

現在47歳の立花さん。
いったい、どんな経緯で「アクアイグニス」を創業されたのでしょうか。

(立花さん)
「ぼくは本当は芸大に進んで陶芸家になりたかったんです。
 でも、それが叶わず、高校卒業後、土木関係の会社にバイトに行くようになり、
 20歳の時、四日市で建設会社を起業しました。

 従業員も少しずつ増えていき、10年ぐらい経ったら年商十数億の会社に
 成長していました。それで不動産だとかビジネスホテルの経営など、
 建設業以外のことをやり出した時に、
 『片岡温泉』が後継ぎさんがいないということで、
 ぼくが事業を継承させていただきました。
 ところが、第二名神高速道路ができるため、立ち退きになったんです。」

落ち着いた優しい口調で話す立花さん。
そこには思ってもみなかったドラマがありました。

片岡温泉はアルカリ泉質で、源泉かけ流しの良質な日帰り天然温泉でしたが、
あまり知られていませんでした。立花さんは立ち退きの話を機に、
片岡温泉を生かした新しい温浴施設を作ろうと考えたのが
「アクアイグニス」だったのです。
今も温浴施設は「片岡温泉」という名称で営業を続けています。

片岡温泉のエントランス。壁を彩る飛天はミヤマケイさんのデザイン。
開放感溢れる片岡温泉のフロント。
三重県の特産品や「アクアイグニス」オリジナルの商品が並ぶ。ディスプレイもハイセンス

 

一流の料理人たちにブラッシュアップされ、すばらしいものができた

立花さんは「アクアイグニス」を建てるために、
これまで片岡温泉があった場所とは反対側の土地を購入。
新しい建物はデザインやランドスケープを重視した斬新なものにしようと考えました。
それだけではありません。

(立花さん)
「旅行に出たらおいしいものを食べたいじゃないですか。
 でも、温泉旅館っていったらどこでも同じようなものしか出てこない。
 ですから決め手は料理人だろうということで、
 まずは女性ウケするスイーツを考えました。

 元々あった「いちごハウス」では、とてもおいしいいちごができていたので、
 辻口パティシエを招聘し、そのご縁でイタリアンの奥田シェフや
 和食の笠原さんにつながっていきました。三重県もいっぱいおいしいものは
 あるのですが、やはり料理する人が大切だと思いましたので。」

辻口パティシエは当時、東京の駒沢公園の近くで
「コンフィチュール・アッシュ」と「マリアージュ ドゥ ファリーヌ」を
経営していましたが、「アクアイグニス」に来てもらうために、
立花さんは10回以上東京に足を運んだといいます。

その結果、辻口パティシエは東京の店を閉めて「アクアイグニス」に出店。
監修ではなく三重県に店舗ごと移転することで、土づくりからこだわった
本物の味を提供したいと考えたのです。

「アクアイグニス」にある辻口パティシエの「いちご農園」。ここで採れたいちごは「コンフィチュール・アッシュ」などのスイーツにも使われる。12月~5月はいちご狩りでとてもにぎわう。要予約。(写真は「アクアイグニス」提供)

 

(立花さん)
「辻口さんも銀座や六本木ヒルズなど東京ではやり尽くした感があり、
 次は地方で生産者と関わって事業をやりたいと考えていたところだったので、
 タイミングが合ったのでしょうね。

 世界を見て来た一流の料理人に関わっていただくことで、食の中身はもちろん、
 施設のデザインもブラッシュアップされて、すばらしいものが出来上がりました。」

「アクアイグニス」をオープンするにあたり、
立花さんはほとんど広告を打たなかったといいます。

(立花さん)
「当時はとても斬新な建築だということで、
 新聞やテレビが記事やニュースで取り上げてくれましたし、
 当時SNSがはやり始めた頃でみんながどんどんInstagramやTwitterに
 上げてくれたので、広告や宣伝はほとんどしませんでした。」

 

観光客の大幅増加で地域活性化にも貢献

「アクアイグニス」ができたことで、湯の山温泉全体の日帰り観光客数は
それまでの約100万人から倍の200万人に増加しました。
また、温泉全体の旅館の稼働率もかなり上がったと言われており、
三重県はもちろん、北勢地域の活性化にも大きく貢献したといえるでしょう。
立花さんは当時を振り返ります。

(立花さん)
「今年で10年目になりますが、初めはこんなの本当にできたんだと
 お客様に驚かれました。今はリピーターの方が多いのではないでしょうか。」

立花哲也さん(写真は「アクアイグニス」提供)

 

三重県中勢部の多気町に日本最大級の商業観光リゾート「VISON」オープン

2021年7月、三重県中勢部の多気郡多気町に「VISON」がオープンしました。
東京ドーム24個分もの敷地面積を誇り、ホテル3棟を含む68店舗が入っており、
日本最大級の商業観光リゾート施設と言われています。

VISON全景(写真はアクアイグニス提供)

 

アクセスにも優れ、勢和多気JCTから数分の所にあって、
伊勢方面からはスマートICに直結しています。

VISON(写真はアクアイグニス提供)

 

商業施設というより、まるで一つの美しい村(美村)ができたかのよう。
「VISON」は多気町からの依頼を受けた「アクアイグニス」はじめ
4社からなる合名会社「三重故郷(ふるさと)創生プロジェクト」が
事業主となって運営しており、宿泊施設や温浴、マルシェなどの産直市場、
農場、食の店、植物や鉱物の力で健康を保つための本草の研究施設などが入っています。

VISON(写真はアクアイグニス提供)

 

(立花さん)
「『VISON』の構想は『アクアイグニス』がオープンして2年目ぐらいから始まりました。
 8年越しの計画だったのです。年間1000万人という観光客が訪れる伊勢神宮への
 通り道にあって、とにかく敷地面積が広い。場所が良いというのも大きな魅力でした」

 

世界に誇れる日本の食文化の発信拠点として

「VISON」を創るにあたり、立花さんには目標とする都市がありました。
それはスペイン北部にあるサン・セバスチャンという小さな都市。
人口は18万人ほどですが、世界屈指の美食のまちとして知られており、
ミシュランの星付きレストランなどが集結しているのです。

(立花さん)
「各地のショッピングモールや大きなテーマパークにも有名な食の店は入っていますが、
 本当の意味で食をテーマにしているところはあまりないように思います。

 サン・セバスチャンでは古くから『美食倶楽部』があり、
 食通や料理人たちが集まって互いにレシピを公開し合うなどして
 食の研究を重ねてきました。それが評判になり、食だけでなく、
 治安も人情もすばらしいまちになったのです。
 しかも、食事のお勘定は自己申告。ごまかす人なんかだれもいません。」

話を聞いただけでも行きたくなってしまいますね。

2017年、多気町はサン・セバスチャンと「美食の町友好の証」を締結。
「VISON」の中にも「サンセバスチャン通り」が出現し、
食だけでなくライフスタイルショップなども出店。
おいしいもの、素敵なものがおなかと心を満たしてくれるエリアです。

また、三重県を中心とする紀伊半島で採れる海の幸、山の幸がいっぱいの
産直市場「マルシェ・ヴィソン」などもあり、食の体験も充実。
立花さんは「VISON」を世界に通用する和食文化の発信拠点にしたいと考えています。

 

外装に木材を使うことで、地域の林業の活性化に貢献

「VISON」の建物には木材がふんだんに使われています。
耐久性を考えてのコンクリート建築が商業施設の大半を占める中、
なぜ、木なのでしょうか。

VISON(写真はアクアイグニス提供)

 

(立花さん)
「伊勢神宮には式年遷宮という約1300年の歴史を持つ行事があります。
 これは20年に一度ご社殿や神宝を新調して神様にお遷(うつ)りいただく
 最も大切なお祭りです。式年遷宮を行うことで木材の需要と供給が生まれ、
 造営技術も継承されていきます。

 「VISON」でもずっと木を使い続けるために、
 経年劣化でいたみが出て来た場合は使えなくなった場所から
 その都度新しい木材に張り替えるなどして、定期的なメンテナンスを行います。
 そうすることが森を育てることにもつながると考えたのです。」

 

 

ホスピタリティを重視し、誰にでも優しい会社をめざす

「VISON」は新たな雇用も生みだしました。地元はもちろん、IターンやUターン、
あるいは全国から料理を勉強したい人々が集まってきています。
立花さんが彼らに求めるのはホスピタリティということ。
ホスピタリティはおもてなしの心、
人に対する思いやりや優しさを表す言葉でもあります。

(立花さん)
「お客さんに対してだけではなく、スタッフどうしやあるいは
 スタッフの家族に対しても優しくするにはどうしたらいいか。
 それを考え、実行することが課題ですね。」

それは経営者である自分に対して課した課題でもあるのでしょう。
訪れる人に喜んでもらい、また来たいという気持ちになっていただく
ためにもホスピタリティは大切。

今回の取材を通してスタッフの方の心にも、
それが生きていることを強く感じました。

 

■会社概要
株式会社アクアイグニス
設立:2012年10月23日
資本金:9000万円
URL:https://aquaignis.jp/
事業内容:飲食業、温泉施設業、菓子製造業、不動産業
代表者:立花哲也
所在地:〒510-1233三重県三重郡菰野町菰野4800-1
TEL:059-394-7733
FAX:059-394-1706
E-mail:info@aquaignis.jp

取材・文・撮影
松島 頼子
岐阜県出身。岐阜県を拠点に約20年、地域の活性化から企業家インタビューまで
ライターとして幅広く活動。実家はお寺。地域の歴史や文化、伝説などを深掘り
することで、まちの活性化や地域を見直すことにつなげたい。
「里山企画菜の花舎」 代表
里山企画菜の花舎  https://satoyamakikakunanohanasha2020.jimdofree.com/