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東海最前線

農業の人手不足をマッチングとマニュアル化で解消(株式会社アグリトリオ)

2021.03.01

社会・地域

株式会社アグリトリオは、農業の人手不足という社会課題の解決を目指し、
働き手が必要な農家と、働きたい人とをマッチングするサービスを開始。
また、農作業のマニュアル化することで、未経験者でもスムーズに
農作業ができる仕組みを構築した。
農業の人手不足解消につながるビジネスモデルとして期待されている。

ここが最前線:農家と働きたい人をマッチングし、農作業をマニュアル化

社内ベンチャー創出に力を入れる機械部品メーカー

愛知県豊橋市にある武蔵精密工業は1938年に創業された、
80年以上の歴史がある自動車・二輪車や汎用機器の部品メーカー。

自動車市場ではEV(電気自動車)の急速な普及が見込まれている。
EVはガソリン車よりも大幅に部品が少なくなるため、
部品メーカーには変革が求められている。

そこで、武蔵精密工業は、既存事業の延長線上には無い、
次世代を担う新規事業の創出を目的として、社内公募型の新規事業創出プロジェクト
「Musashi Innovator’s Gate 2017」を実施した。

これに、社員の石川浩之と小林勇太が共同で、
人材不足に悩む農家と、短時間で働きたい人とをマッチングする
サービスを提案。このサービスが社内ベンチャーとして誕生した。

2019年8月に「農How」が正式にリリースされると、
働き手(クルー)は1年間で約900人、契約農家は約100名に達した。
アグリトリオは2020年4月に武蔵精密工業の子会社化として法人化された。
現在、クルーは3,000名、登録農家は160軒を超えた。

株式会社アグリトリオ 代表取締役の石川浩之さんに
農業人材不足の現状と今後のビジョンについて伺った。

株式会社アグリトリオ 代表取締役 石川浩之さん

 

農業分野で社内ベンチャープロジェクトにチャレンジした理由

――「Musashi Innovator’s Gate 2017」に新規事業を応募するうえで、
  農業分野を選んだのはなぜですか?

石川:武蔵精密工業の本社は豊橋市にあります。豊橋は「農業と製造業」の町です。
   武蔵精密工業は製造業ですが、もう一つの農業に着目しました。

   最寄り駅から会社に向かう通勤途中にもキャベツ畑が広がっていて、
   70歳を超えた老夫婦が朝早くから収穫をしている様子を目にしていました。
   会社の社員の家族が農家だという人も少なくありません。
   後継者不足もあり、人手不足で困っていることが分かっていました。
   このような農家をサポートするために何かできないか。
   農家の課題をテクノロジーで解決できないか、と思ったのがきっかけです。

   70名の農家に150時間かけて聞き取りをして、
   マッチングのビジネスモデルを生み出しました。

――社内ベンチャーの応募には、どのような条件があったのですか?

石川:提案するビジネスプランの条件は次の3つでした。
   「自動車産業ではないもの」
   「社会的に意義のあるもの」
   「資本がかからないもの」

   世界的にもSDGsや環境問題への注目が集まっていますし、
   大量生産、大量消費の時代が終わり、モノよりも体験への志向が高まっている。

   私自身も持続可能性の未来に関心があり、
   人が体験ができる分野として、農業分野に挑戦しようと思いました。

 

農家の方にサービス利用料を納得してもらうことに苦労

――農家に「農How」を提案する時、どのような苦労がありましたか。

石川:農家の方に、サービス利用料を納得していただくことが課題でした。
   当社のシステムは、働きたい人とのマッチングが成立すると
   農家の方から1時間あたり300円のサービス利用料をいただきます。
   しかし、農家の方に説明すると、「そんなにお金は払えない」と言われました。

   ですが、他の手段で日給のアルバイトを雇う場合も、
   求人サイト掲載やチラシ配布などのコストがかかります。
   それでいて、必ず人を集められるとは限りません。
   また、日給のアルバイトには休憩時間がありますが、
   短時間で働く場合は休憩時間が不要になるため、効率が良い場合もあります。

   結局、1時間あたりの300円の利用料は、それほど問題にはならないと、
   料金に納得していただけるようになりました。

機械部品の製造で培ったマニュアル化を農業に生かす

――「農 How」はどのようなサービスですか。

石川:農作業アルバイトをマッチングするWebサイトです。
   
   農家の方がアルバイトを募集している農作業について、
   作業内容、作業日時・所要時間を登録します。
   農作業のアルバイトをしたい方(クルー)が
   働きたいと思う農作業があれば、選択して申し込みます。

登録された農作業の例

   また、ユーザーは農作業のマニュアルを見ることができます。
   静止画ならPDFで10枚程度、動画なら1分~3分で、
   作業のポイントだけを分かりやすく説明します。
   現在はWebサービスですが、今後は、スマホアプリに切り替える計画です。

――「農How」のクルーは、どのような人材が応募しますか。

石川:現在(2020年2月)の登録者数は、
   愛知県・静岡県を中心に農家およそ160軒、
   クルー(働き手)はおよそ3,000名です。
   クルーの男女比は4対6で女性の方が多く、30~40代が中心です。

   最近は企業でも副業を認めるところが増えてきたため、
   シフト制で休みの日に働きたいという方も増えています。
   昨年は特にコロナの影響で、昨年の春はクルーの登録者数が一気に増えました。

 

機械部品の製造で培ったマニュアル化のノウハウを農作業に生かす

――「マニュアル化」はどこから生まれたんですか?

石川:私はもともと武蔵精密工業で機械部品の製造に携わっていました。
   製造業では、同じ品質の製品を作るために「マニュアル化」が必須です。
   自分たちが農家に作業に行った時に、
   農業にもマニュアル化を採り入れたら、未経験の人でも作業ができ、
   効率化を図れるのではないかと思いました。

   最初は農家の方も「素人がマニュアルを見ただけで農作業をできるのか」
   という不安がありました。

   しかし、クルーの方に、事前に収穫作業などのマニュアルを
   見てもらった上で作業に来ていただくと、現場でもスムーズに働いてくれました。
   それにより、農家の方にもマニュアル化の効果を
   理解していただけるようになりました。

マニュアルの例(アグリトリオ公式YouTubeチャンネルより)

――クルー(働く人たち)にとってはどんなメリットがあるのでしょう。

石川:「農How」がマッチングする農作業は、
   基本的に健康で体が動かせる方なら、誰でもできる仕事です。
   1時間からの短時間の案件もあるため、
   空いた時間でお金を稼ぎたいという方が利用されます。

   また、農作業は基本的に外でする仕事です。
   ビニールハウスでもソーシャルディスタンスがとれます。
   そのためコロナ禍で、いっそう注目されるようになりました。

   例えば主婦の方で、お子さんが幼稚園や学校に行っている間に
   3~4時間働く、という方もいらっしゃいます。
   農家の方からお土産に、出荷しない野菜をもらえることもあるようです。

――クルーを体験された方は、将来、農業への就職に結び付くでしょうか?

石川:開始当初はクルーの労働時間は平均3時間ぐらいでした。
   それが今は平均5時間ぐらいになり、1日中働く方も増えていますので、
   クルーを体験した方は農業への関心が高くなっていると言えます。

   「農業をやりたいが、どこで学べばいいかわからない」と、
   クルーに登録される方も多いです。

   農業と一言に言っても、作物によって作業も違います。
   例えば、朝採りトウモロコシをスーパーに午前中に並べるためには、
   朝3時頃から作業を開始しないといけない。
   そういうことがクルーを体験して理解していただけます。

   農業をやりたい人は「農How」に登録してもらえれば、
   いろいろな作物を学べて、自分に合う農業のスタイルを見つけやすいと思います。

   将来的には「農How」によるマッチングだけでなく、
   農業への就職につなげる支援も視野に入れています。

 

フランチャイズで全国展開を狙う

――今後の展望をお聞かせ下さい。

石川)経営的には、来年度は黒字化達成を目標とし、外部からの出資も検討しています。

   「農How」以外に、福祉施設と農家を繋ぐ「農福連携」モデルとして、
   2020年4月からは「農Care」を開始しました。
   就労支援施設などの福祉施設に「農Care」に登録していただきます。
   
就労支援施設を利用する障害者の方が支援員の方と一緒に、
   可能な作業レベルの農作業を担っていただくというものです。

   「農How」は多地域展開を進めており、
   2020年10月からフランチャイズ展開を開始しました。
   これまでに、愛媛県全域、熊本県全域、愛知県西部
   (尾張地域、西三河地域の一部)の3地域にフランチャイズを展開しています。
   2021年度は15地域、2022年度には47都道府県に広げることが目標です。

   今後、「農How」の全国展開を通して、
   多くの方が農業を体験していただくことで、農業の人手不足を解消し、
   農業・地域の持続化に貢献していければと思います。

株式会社アグリトリオ
代表取締役 石川 浩之

愛知県豊橋市で生まれ、豊橋商業高校を卒業。
新卒で武蔵精密工業へ入社し、製造部門で現場作業に従事したのちに経理部門へ。
2017年に武蔵精密工業の「社内公募型新規事業創出プロジェクト」
「Musashi Innovator’s Gate 2017」に応募し、
同年、株式会社アグリトリオを設立、代表取締役に就任。
2020年には武蔵精密工業の子会社化。
農業の「現場」を理解し、地域に根差したサービスで地方の農業の変革をめざす。

株式会社アグリトリオ ホームページ:https://agritrio.co.jp/
農How:https://agritrio.co.jp/nouhow.html

 

取材・文・撮影:黒田 直美
旅行代理店に勤めた後、編集プロダクションに入社し、フリーランスに。
企業、PR関連、旅、エンターテインメントとジャンルも幅広く取材。
特に人物インタビューを得意とする。最近は日本文化や歴史にも興味の幅を広げている。

編集:東海最前線 編集部