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東海最前線

美濃和紙の会社が経営を立て直し、観光業に参入、地域の活性化へ(丸重製紙企業組合)

2021.01.20

社会・地域

日本各地に伝わる伝統産業の多くは、業界全体が斜陽傾向にあり、
高齢化による後継者不足の問題も抱えている。
そこに新型コロナウイルスが追い打ちをかけようとしている。

しかし、傾きかけた経営を立て直し、異業種にも参入し、
地域全体を元気にしようと取り組む伝統産業の企業もある。

1300年の歴史を持つ美濃和紙(※1)のふるさと美濃市。
創業70年を迎える丸重製紙企業組合は、和紙製造が衰退傾向にある中、
経営が厳しくなっていた。同社はそこから、流通や商品を変革することで
経営を立て直し、観光業にも参入し、地域全体を元気にしようとしている。

ここが最前線:伝統産業の会社が経営を立て直し、異業種にも参入し、地域の活性化に取り組んでいる

「地域産業を元気にすることが、家業が生き残る道でもある」と語る
辻晃一理事長にお話を伺った。

▲丸重製紙企業組合理事長・辻晃一さん(右)と弟の辻将之(左)さん
二人は「懐紙ブラザーズ」「懐紙作家」という肩書もあり、
コンサルティングからモノ作りまで幅広く活動。

 

問屋を通さず、小ロットで顧客のニーズに応える

――東京から美濃市に戻ろうと考えた時、会社はどういった状況でしたか?

辻 理事長)2009年に地元に戻り、家業の丸重製紙企業組合を継ぎましたが、
   和紙業界全体の衰退が激しく、経営も厳しくなっていました。

   主力だった、お茶事に使用する懐紙や提灯用原紙など、
   伝統的なジャンルの和紙の生産量は減少の一途でした。
   どこから立て直そうかと考えた時、まずは販路の見直しを考えました。

   生産量が減少しているのに、問屋への単価は変わりません。
   かといって、問屋が新たな市場を広げることもなく、
   和紙の知識のない担当者が取り扱うことも増えてきました。
   さらに、「少量で急ぎ」という無理な要求も増え、
   このような、問屋に依存した流通の在り方を改善しないとダメだと思いました。

   私はもともと東京のベンチャーで働いていたので、
   業界の常識を知らない強みがあり、
   周りに反対されても新しいことに取り組むことに抵抗はありませんでした。

――問屋を介さず、どうやって販路を開拓したのですか?

辻)製造量の減少により、製造ラインが止まっている時期が続いていました。
  時間があったので、他社がまだやっていなかったSNSで和紙の魅力を発信したり、
  和紙を知ってもらうイベントを開催したりしました。

  そうすると、今まで和紙にあまり興味のなかった若い世代とつながるようになり、
  新しい小口のお客様から注文が入るようになりました。
  もともと小ロットの生産も得意としていたので、中間マージンを取られない分、
  顧客のニーズに応じて、小ロットでの受注を増やしていきました。

 

和紙製造業の枠にとらわれない、和紙の総合カンパニーを目指す

 ――新しい小口のお客様からの受注を増やすほかに、
  どのようなことに取り組みましたか?

辻)当社は、懐紙に透かし模様を入れて紙を抄(す)く技術を得意としていましたが、
  既製の型はほとんどが単調な模様でした。
  ちょうど製造コストを見直していたタイミングでもあり、
  それまで外注していた透かし模様の型を自分たちで作り、
  オリジナルデザインの懐紙を販売したら話題になるのではないか、
  と思いつきました。
  弟と二人で型を作り、自社製造して、内製化を目指しました。

  外国へのお土産にもできるような富士山や風神雷神などの伝統的な絵柄や、
  若い人たちに受けそうなモダンなデザインなど、
  新しい顧客にアピールできる新商品を作ったんです。

  製造だけでなく、小売りまできっちりやろうという方針に切り替えました。
  今では当社は、従来の和紙製造業の枠に囚われない、エネルギー、原料、製紙、
  企画・加工、卸・小売、工場見学、観光、情報発信、イベント、講演・研修まで、
  和紙に関するモノ・サービスをワンストップで提供する
  「和紙の総合カンパニー」を目指しています。

――SNSでの反響は、どのような広がりを生みましたか?

辻)私がUターンを決めた時は、地元の産業である美濃和紙全体を
  元気にしていかないといけないと思っていました。
  ペーパーレスの時代に、ますます和紙の需要が減る中、
  ソーシャルビジネスを視野に入れながらやっていこうと考えていました。

  SNSで発信してみると、多くの方が和紙について
  ほとんどご存じでないことがわかりました。
  それで希望者を募って、最初は無料の工場見学からスタートさせました。

  そこから大手旅行社と組んで、美濃和紙の原材料を作る畑、
  職人の工房、当社の工場を見学してもらうという、
  有料の美濃和紙工程ツアーがスタートしました。
  「美濃和紙と美濃市を好きになってもらおう」という狙いがありました。

 

美濃和紙をテーマにした観光事業にも参入

――観光ツアーをやったことが、観光事業につながったのですね

辻)自分の住んでいた町を観光という視点で見てみると、
  空き家が多いことなどに気づきました。
  町に人を呼ぶには宿泊施設が必要なのではないか、という課題も上がってきました。

  そんな時、空き家の古民家をホテルにするNIPPONIA(※2)のプロジェクトと出会い、
  観光事業に乗り出すことになりました。
  そこでオープンしたのが、「NIPPONIA 美濃商家町」です。

▲NIPPONIA 美濃商家町
ホテルの運営を通して、地元の人たちに新たな仕事も生み出しています。

  「NIPPONIA 美濃商家町」は、美濃で繁栄した紙商・松久才治郎の邸宅だった建物を
  ホテルにリノベーションしたものです。
  宿泊施設は主屋をスイートルーム三室、三つの蔵をそれぞれ一棟貸しの客室に改修。
  最も大きな蔵には和紙のコンセプトショップ「Washi-nary」を設けています。

  客間には美濃和紙を多く用い、障子や壁にはさまざまな種類の和紙を用い、
  作家や職人が手がけた和紙アートも飾っています。
  実際に和紙に触れてもらい、和紙の良さを体感してもらえるホテルです。

  運営は美濃市への移住者と地元住民が一緒になって行い、空間や体験、食事を通して
  美濃市の魅力や紙商の暮らしを感じてもらえるように連携しています。

  このホテルをオープンすることで、
  一気に家業の和紙と、美濃の町が一体化してきたように思います。

 

新型コロナ感染拡大を受けて、抗菌和紙の製造開始

――昨年、新型コロナウイルスの感染が広まりましたが、
  抗菌和紙の製造をスタートさせたそうですね。

辻)抗菌和紙は、以前から抗菌の原料の提案を受けていました。
  新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、
  抗菌和紙の懐紙の製造にすぐにとりかかりました。
  ゴールデンウィークには販売を開始し、SNSを中心に告知しました。

  懇意にしている記者やマスコミ関係者にプレスリリースを流したら、
  すぐに記事化してくれて話題になりました。
  今後は抗菌和紙の折り紙の販売も予定しています。

――今後、どのような活動をされる予定ですか?

辻)少しずつ地域産業の和紙を盛り上げることで、仕事が生まれ、
  観光外需から内需へとつなげていけるようになりました。

  今後は、観光で訪れた方がじっくり滞在して、住みたくなる町、
  移住したくなる町づくりを目指そうと取り組んでいます。

  老舗の酒蔵が使用していた空き家をシェアオフィスに
  リノベーションする予定もあります。
  「旅するように働く」といったワ―ケーションへの動きが、
  コロナによって一気に加速し、地方に対する可能性もさらに広がってきました。

  新しく起業する方や企業のサテライトオフィスと連携して、
  和紙の業界をさらに活性化していけたらと考えています。

※1 美濃和紙
    1300年以上の歴史があり、現存するものとしては大宝2年(702年)の
    戸籍用紙が筑前・豊前のものと一緒に正倉院に残されている。
      質の良さや薄さから大般若写経紙としても重用されていた。
      また、徳川家康が天下分け目の関ヶ原の戦いで使用した采配が、
      美濃の職人・庄司彦左衛門が作ったものといわれている。
      天下を取ったことからゲン担ぎもあり、江戸幕府の御用達になるなど、
      歴史的にも価値のある産業である。
      しかし最盛期に約4,800戸あった生産者は現在は30数戸にまで減少している。

※2 NIPPONIA 
       「NIPPONIA」は、その土地の歴史文化遺産を尊重したエリアマネジメントと
    持続可能なビジネスに取り組むプロジェクトです。
        NIPPONIAが運営するホテルは、日本の原風景を体感して欲しいという思いから、
   「郷にいること」をコンセプトにした、新しい滞在のかたちを提供しています。
    ホテルや旅館のようなおもてなしではなく、
    美しい郷に滞在し、村人と交流し、土地ごとの文化や生活を通じて、
    日本の暮らしを体感いただくことを大事としています。

 

■会社概要
会社名:丸重製紙企業組合
所在地:岐阜県美濃市御手洗464
設立日:1951年2月12日
事業内容:美濃市の伝統産業である美濃和紙を機械抄きで製造し、
 透かし技術で作る懐紙やステーショナリーが主力商品となっている。
 現在は、本来の製紙業の枠にとらわれず、原料、企画・加工・卸・小売、
 工場見学、観光、情報発信、イベント、講演、研修、エネルギーまで、
 和紙に関する川上から川下までのモノ・サービスを
 ワンストップで提供する「和紙の総合カンパニー」を目指している。
URL:https://www.marujyu-mino.com/

 

取材・文・撮影:黒田 直美
旅行代理店に勤めた後、編集プロダクションに入社し、フリーランスに。
企業、PR関連、旅、エンターテインメントとジャンルも幅広く取材。
特に人物インタビューを得意とする。最近は日本文化や歴史にも興味の幅を広げている。

編集:東海最前線 編集部