東海地方発、世の中にインパクトを与える企業・団体・個人の最前線の情報を届けます。

東海最前線

「引きこもり」を「在宅ワーカー」に変える就労支援:NPO法人社会復帰支援アウトリーチ 代表 林日奈

2019.02.05

ひと

ここが最前線:引きこもりの方が、外に出られなくても、人と話をしなくても、今のままでできる「在宅ワーク」による就労支援

「引きこもり」という言葉が一般化してから、およそ20年。内閣府が公表した「H30年度版 子ども・若者白書」によると、広義における16歳~39歳の引きこもりは、全国に約54万人いることがわかっています。しかし、この調査は40歳以上の男女を対象から外しているため、それも含めた際の数字は、推計100万以上に及ぶとのこと。半数近くが40歳以上……これはつまり、引きこもりの高齢化・長期化が進んでいる証と言えます。

仕事の選択肢が多い20代の引きこもりはともかく、30代以降になると、再就職を含めた社会復帰が難しくなる日本社会。誰かの支援ナシでは、簡単に立ち上がることができません。そんな引きこもりの社会復帰を支える活動団体が愛知県・一宮市にあります。今回は、「NPO法人 社会復帰支援アウトリーチ」(以下「アウトリーチ」)の代表理事である「林 日奈(はやしひな)」さんに、引きこもり支援の実態と引きこもり問題への向き合い方について伺いました。

3点要約

・引きこもり期間=「自分が何者なのか?」を考えるための時間
・在宅ワークを通じて自信を得ることが大切
・引きこもり問題の解決には、企業の理解も必要

プロフィール

 
▲林 日奈(はやしひな)さん。愛知県一宮市出身。“おとなの引きこもり”の社会復帰を支援する、NPO法人社会復帰支援アウトリーチの代表理事を勤める。

 

団体設立のきっかけは、次男の“引きこもり”

――よろしくお願いします。まずは団体の設立に至った経緯を教えてください。

林さん:きっかけは、当時28歳だった次男の引きこもり、つまりは家族問題です。彼は就職後、うつ症状から休職と就職を何度か繰り返していました。1~2年ほど働くと「燃え尽き症候群」のようになり、結果として引きこもる。その過程で、組織で働くことに不安感を覚えたり、どう仕事に向き合えば良いのか分からなくなっていたようです。

――当時、息子さんに対してどのような行動を取られたのでしょう?

林さん:在宅ワークを勧めました。当時、フリーランスでコーチングの仕事をしていた私は、彼のために自宅で取り組める仕事を探したんです。知り合いの企業さんや代表の方から仕事をいただき、彼に取り組ませた結果、やったことがない仕事への自信が付いたようでした。それから靴磨きなどの仕事を経て社会復帰し、今はイベント会社で正社員として元気に働いています。

この時に得た知識・経験が、他の引きこもりの方の支援にも活かせるのではないか、と思ったことが、アウトリーチ設立のきっかけです。2015年に任意団体として立ち上げ、翌年4月にNPO法人化しました。

――家族問題の解決がきっかけだったんですね。では、アウトリーチの主な事業内容を教えてください。

林さん:メインとなる業務は大きく分けて3つです。1つ目は、就労困難な人達に在宅ワークをコーディネートすること。2つ目は、最近は会社見学の同行や就労後のフォロー面談。3つ目は、引きこもりの子どもを持つ親御さん・ご家族へのケアとコーチングです。

アウトリーチは電話、メール、LINEで本人やご家族からの相談を受け付けています。相談レベルで在宅ワークの適正チェックを行い、取り組めそうな仕事があったら割り振る。同時に就労相談も受け、二人三脚で社会復帰を目指していきます。

――実際に相談にされる方々は、どのような原因で引きこもっている印象ですか?

林さん:うつ症状や対人恐怖症など、メンタルの不調の方が多いですね。また、就職自体が上手くいかなかったり、就職できても入社先でうまくいかなったりする方も少なくありません。特に就職で失敗したのが大きく、社会復帰への諦めから、長期化に引きこもっている方も多いです。

――相談者の年齢層や男女比率を教えてください。

林さん:30代から40代が圧倒的に多いです。若い子には、仕事の選択肢がたくさんありますし、何よりも目立ちません。20代の子が家にいても「大学は休みなのかな?」と思われる程度です。しかし、20代後半になってくると、仕事で役職が付いたり、結婚し始めたりします。私は27歳から28歳がターニングポイントだと思っていて、そのあたりで模索した結果、相談される方が多い印象です。男女比率に関しては、ちょうど半々くらいです。

 

既存の就労支援との違いは「在宅ワーク」

――アウトリーチは、既存の一般的な就労支援とはどのような違いがありますか?

林さん:一般的な就労支援は、「ハローワーク等での相談」→「就労支援」→「社会復帰」の3ステップですが、アウトリーチのサポートは、「就労支援」の前に「在宅ワーク」を採り入れた4ステップです。

林さん:従来の就労支援は、どこかの作業所に出勤して作業する来所形式が一般的でした。そのためには、自宅から出て出勤しなければ、支援を受けられません。しかし、ひきこもりの人は自宅から出ることが難しいのに、なぜ来所形式の支援しかないのか。電車に乗るのが怖いという方もいますが、なぜ電車に乗って通勤しなければ支援を受けられないのか。それが疑問でした。支援をもっと手前に持ってこなければ、突っ込んだサポートなどできません。そこで、アウトリーチは就労支援の手前に、「在宅ワーク」をしていただけるよう、コーディネートをしています。外に出られなくても、人と話をしなくても、今のままで、できる仕事をやっていただくことが大事です。

――どのような在宅ワークをコーディネートされていますか?

林さん:例えば、名刺入力、手書きアンケートのデータ化、イラスト制作、チラシ作成、HPの英訳、ウィッグ(かつら)の製作などの作業があります。作業の対価として代金をお支払いします。

 

引きこもりだった人が在宅ワークによって変わる

――引きこもりの方が在宅ワークをすると、どのような変化がありますか?

林さん:自分がやった仕事でお金を得られることで、「自分でもやれるんだ!」という自信が得られます。すると、次第に前向きな気持ちになり、自分から変化して、社会復帰に近づいていきます。

――アウトリーチのサポートを受けて、これまでに何名ぐらいの方が社会復帰されましたか?

林さん:アウトリーチのサポートを受けて就職・復学した方は、立ち上げから3年弱で68人です。業種はさまざまですが、土壌分析などの研究職を勤めている方もいます。倉庫でフォークリフトを運転していたり、製造業に就職した方もいます。今後も支援を強め、たくさんの人達を社会に送り出していきたいです。

――相談者には、在宅ワークをするのも不安だという方もいますか?

林さん:たとえば、相談者の一人にアンケート調査結果のデータ入力をお願いしたところ、未経験のためか不安がっていました。そこで、集計作業をスマートフォンでも取り組めるよう、グーグルフォームで入力ページを作ったんです。パソコン操作は苦手でも、スマートフォン操作なら得意っていう人は多いのです。全体をみると「なかなか手が出せない」と思うかもしれませんが、小さく細分化することで、「この部分だったらやれるかも!」と思えるんです。実際に取り組んで結果を出せたら、本人達も自信が付く。それを繰り返すうちにスキルが付いて、仕事のレベルもステップアップしていきます。このプロセスを踏むと、皆さん自主的に仕事を探し始めるんですよ。下手に上から物言いしないことが大切です。

——だからこそ、支援に在宅ワークが必要なんですね。仕事はクラウドソーシングなどから受注しているのでしょうか?

林さん:当初はそれも検討しましたが、難しかったんです。そもそもプロフィールが作成できなかったり、手続きを踏ませることが難しかったりで、クラウドソーシング経由で仕事を供給するのは困難だと判断しました。幸い、私がフリーランス時代に知り合った地元企業さんや社長さんからお仕事を頂けたので、それを割り振っています。WEB上で仕事を探すよりも、リアルで営業をかけながら仕事を取り、本人達に繋ぐ方が、私には向いているみたいです。

――在宅ワークは、仕事を安定供給することが難しそうですね。

林さん:非常に難しいですね。今は相談の傍ら、自身も営業活動を行っています。常に仕事をストックしていなければならないので、最近は顧客フォローを中心としたオリジナルメニューも提供しています。名刺のリスト化だったり、そのリストに対して作成したニュースレターを送ったり。自分達でも仕事を作る必要がある段階まで来ています。

引きこもり問題との向き合い方

▲就労相談を受ける林さん

――アウトリーチは訪問支援も行っているようですが。

林さん:最近は減っていますが、立ち上げ当初は多かったですね。実際に訪問して当事者に会えたケースは、過去に一件だけ。基本は親御さん・ご家族へのコーチングがメインとなります。

――具体的にどのようなお話をされるのでしょうか?

林さん:当事者への接し方をはじめ、家族関係改善に向けたアドバイスが中心ですね。家族間の信頼関係が破綻しているケースも多いんですよ。いずれにしても、親御さんを経由した相談は、解決が非常に難しい。“家族”という名のフィルターがかかっている時点で、本人の意思がそこにありません。

――これまで解決が難しかった相談などがあったら教えてください。

林さん:特に厄介なのが、問題を丸投げしたいのかしたくないのか分からない親御さんの相談です。全てを丸投げしたいなら、そう言ってもらった方が楽です。しかし、「実際に会ってお話できますか?」と聞いてみても、曖昧な返事で拒否するケースがあります。

――そういった親御さんは、本当に事態を変えたいと思っているのでしょうか……

林さん:思ってはいるはずです。でも、自分が悪いという現実を突きつけられるのが嫌なんですよ。実際は違ったとしても、そう自覚している親御さんは少なくありません。

――引きこもる原因は人それぞれでしょうが、親御さんにも少なからず原因はある、ということですか?

林さん:少なくとも私は「○○が悪い」という言い方はしません。 当事者や親御さんには、「自分が何者か?」、「自分はどう生きていきたいのか?」を考えてこなかった、もしくは学べる機会がなかったのが原因、とお話します。そうなってしまったのは、誰の責任ではありません。学校や会社にも責任はなく、ある意味、哲学や日本の歴史・文化だったりします。恐らく、殆どの日本人が、第三者に自己評価を委ねつつ、存在意義を考えないまま大人になっているでしょう。別に変なことではなく、それが普通だからです。

――「自分が何者か」を考えてこなかったのが原因……そう伝えると、当事者の方々はどんな反応をされますか?

林さん:まず驚きますね。自分を責めるには変だし、親や会社、もっと言えば社会を責めることもできません。誰も責められないからこそ、逆に困惑するんです。すると、次に出てくるのが「じゃあ、どうすればいいですか?」という一言。「じゃあ、こうしましょう」と提案すれば、スムーズに事が働きます。

――そこで提案するのが在宅ワーク、ということですね。

林さん:そうです。これは私の考えですが、「自分を何と定義するかで行動は変わる」ということです。たとえば、求職中と名乗るだけで周りの目が変わり、自分の動きも変わりますよね。自分自身を「引きこもり」ではなく、「在宅ワーカー」と名乗ることで、仕事への意識も変化します。たとえ今は仕事がなかったとしても、「自分は在宅ワーカーなんだ!」って思うことが大切なんですよ。

――社会復帰における在宅ワークの重要性がよくわかりました。私達はこの先、引きこもり問題に対してどう向き合っていけば良いとお考えですか?

林さん:当事者に関していえば、引きこもりたい時期は誰にでもありえるし、引きこもらざるを得ない状況にもなりうるはずです。周りも含め、それを全否定してはいけません。鬱や統合失調症など、予防しがたい状態もありますので。引きこもりは、「自分とは何か?」を考えるために必要な期間であり、社会復帰するプロセスの一つです。しっかりと考えた上で復帰しなければ、また同じことを繰り返すでしょう。まずは、自分の存在意義を考えることから始めてもらいたいです。

林さん:また、受け入れる企業側の理解も必要です。アウトリーチが掲げる理念に「送り出す支援と受け入れる社会(企業)」というものがあります。人手不足の影響から、ニーズはあるけどどう接して良いのか分からない、といった企業さんは少なくありません。相談者は障害者認定を受けているわけでもないので。そこを私達のような支援団体がフォローしつつ、より多くの企業さんから理解を得ていきたいですね。

――最後に、今後の展望を教えてください。

林さん:このノウハウを広め、より多くの人が社会復帰できる仕組み作りや研修を行ってきます。たくさんの企業さんにアプローチをかけ、「それでも雇用するよ」っていう所を増やしていきたいですね。また、ワーカーさんに割り振る在宅ワークを増やしたり、家族向けの勉強会なども開催する予定です。

――ありがとうございました。

 

インタビューを終えて

就労していない引きこもりの方に対して、「甘えている」「怠けている」というイメージを持つ方もいるでしょう。しかし、引きこもりの方も、本当は「誰かの役に立ちたい」という思いを持っていること、引きこもりの方は「在宅ワーカー」になれるということに、今回のインタビューを通して気づかされました。

人に得意・不得意があるように、組織で働ける人もいれば、働きにくい人もいます。フリーで仕事を取れる人がいれば、取れない人もいるわけです。全員が全員、当たり前のことをこなせる訳ではありません。それを社会全体で理解し、多くの人達が社会復帰しやすい環境になれば、引きこもり問題だけでなく、人手不足の解消にも繋がるはずです。

なお、今回取材させて頂いたNPO法人アウトリーチは、2019年2月23(土)に家族向けの勉強会を開催予定です。「一宮市民活動支援センター」が会場となっていますので、興味ある方はぜひ足を運んでみてください。

▲次回の講演会パンフレット

 

・NPO法人社会復帰支援 アウトリーチ(公式サイト)

 

著者+撮影 ポメラニアン高橋 フリーライター&編集者
東京から岐阜県に移住してきたフリーランス型ポメラニアン。編集プロダクションにてレストラン取材や芸能人インタビューなどを経験し、2017年に独立。
詳細な実績やプロフィール