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古典芸能の演劇人が声で魅せる「平家物語」〜出演者インタビュー〜

来る2019年9月28日(土)、愛知県芸術劇場小ホールにて「平家物語『語る』
~歌舞伎、狂言、長唄のジャンルを超えたコラボレーション〜」が開催される。

鎌倉時代の軍記物語「平家物語」の原文を、古典芸能の世界で活躍する役者たちが
ジャンルを超えて集結し、朗読するという試みだ。

本番を前に、出演者である歌舞伎俳優の市川新蔵さん、
むすめ歌舞伎の市川櫻香さん、
狂言和泉流の佐藤融(とおる)さん、構成と解説を担当する
作家・奥山景布子氏に見どころや意気込みを伺った。

 

能や歌舞伎の演目にもなっている「平家物語」

「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響あり」
学生時代の古典の授業で暗記した方も多いだろう。
言わずと知れた軍記物「平家物語」の冒頭だ。

平家一門の繁栄や源平の戦い、滅亡からその後を描いている。
主軸とは別に、親子や主従関係、敵味方の人間模様、当時の女性たちの活躍や
苦悩、妖怪退治などさまざまなエピソードが盛り込まれているのも特徴だ。

その豊富で魅力的なストーリーは能や狂言、歌舞伎に題材として取り上げられ、
「義経千本桜」、「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」、
「平家女護島(へいけにょごのしま)」などの演目も有名だ。

源平合戦で命を落とした者達への鎮魂の意味を含め、
「平家物語」は琵琶法師が語り継いできた。
今回は歌舞伎、狂言、長唄という古典芸能の枠を超えた演者たちが
「語る」という形で魅せる。

以下、インタビュー形式でお伝えする。

左から、奥山景布子さん、佐藤融さん、市川新蔵さん、市川櫻香さん

「原文」から古典芸能につなげていきたい

古典芸能の枠を超えた演者たちが「平家物語を語る」という試みを思い立った
理由を教えてください。まずは、企画・運営に携わりご自身も出演する
市川櫻香さんからお願いします。

市川櫻香(以下:櫻香)

「日本では昔から、『話芸』(話術で楽しませる芸)が娯楽とされてきました。
 話芸を楽しむことが復活すればと思い、考えました。
 また、能や歌舞伎の演目は平家物語を土台にしたものが7〜8割。
 もう一度、原文から入って、『能や狂言、歌舞伎、日本舞踊を知ってみよう』
 ということにつながればと思い、この企画を企てました。」

――構成を担当された奥山景布子さんはいかがでしょうか?

奥山景布子(以下:奥山)
「平家物語はもともと、『耳で聞く』ことで楽しまれてきた作品です。
 伝播力が強く、能や狂言、歌舞伎への波及力も高い。
 古典芸能の世界で活躍している方々が、もう一度平家物語の『原文』に接したら、
 おもしろいことが起きるのではないかと思いました。」

――平家物語を狂言や歌舞伎で演じてこられた役者のみなさんは、
「原文」を実際読んでみていかがですか?

狂言師・佐藤融さん(以下:佐藤)
「平家物語にかかわる能狂言はたくさんありますが、
 改めて原文を読んでみると、不勉強で知らないことも多くありました。
 能よりも、さらに1つか2つ前の時代の言葉なんです。
 こんな機会でもないと原文に触れることはないので、
 いい勉強になっています。」

歌舞伎俳優・市川新蔵さん(以下:新蔵)
「能狂言は歌舞伎の大先輩。平家物語が歌舞伎と通じている部分は
 もちろんありますが、原文により近いのは能・狂言。
 原文の古い言葉を我々は知らないので、これも勉強です。」

 

――「原文」ならではの奥深さや難しさは感じますか?

奥山「演者はもちろん大変で、苦労されています。
 フリガナもないので、どう読むのが正しいのかわからない漢字も。
 例えば『兄弟』。『きょうだい』なのか『あにおとうおと』なのか
 『はらから』なのか。まだ答えが出ていません。
 同じ漢字でも、その時代背景や文脈に何が合うのか。
 話し手が男性か女性か、どのような場所で話しているのかで、
 選ぶ読み方が変わります。そういう面白さはあります。」

平成26年8月31日「隅田川」(名古屋能楽堂)

「平家物語」の“真ん中”が伝わる構成に

――平家物語には魅力的なエピソードが豊富にありますが、
数ある物語の中から舞台用に話をまとめるのは大変な作業だと思います。
構成や演出で意識した点はありますか?

奥山「最初お話を頂いた時に、『これは大変なことになったな』と。
 能や歌舞伎の演目として知られている場面は、本来の平家物語の
 主筋ではないところが多いんです。
 主役であるはずの清盛は割と早く死んでしまいますし。

 主筋があって、どんどん物語がふくらんで、枝葉末節な部分が増える。
 それが平家物語の魅力でもあります。今日本で楽しまれている平家物語は
 主筋ではない部分が多く、“真ん中”が伝わっていない。
 昔の人々は平家物語の主筋を知っているから枝葉末節を楽しめますが、
 現代は『平家物語ってそもそも全体はどういう話なの?』と思う方もいます。

 今回は主軸へ戻ってもいいのではないかと思い、大元を取り入れ、
 『平家物語の一番“真ん中”はここですよ!』というのが伝わる構成にしました。」

平成26年8月31日 演目「隅田川」(名古屋能楽堂)

 

「声は芝居の原点」声で魅せ、聞かせる物語

――「朗読」という形で行う今回の公演ですが、注目ポイントを教えてください

佐藤「今回、平家物語を『語る』ということで、
 我々は本業として語りの場面がある。語りだけで動かないで、
 芝居や劇でも、歌うわけでもなく、言葉だけで伝える。
 語りそのものの楽しみ方がきっと見つかると思います。」

新蔵「イングランドの劇作家・シェイクスピアは、
 『今日はハムレットを“聞き”に行こうよ』と言ったそうです。
 見に行くのではなく、“聞くもの”だと。江戸時代の良い役者の条件にも
 『一声、二顔、三姿』という言葉があります。常に最初に声。
 声の質、セリフの言い回し、語りの妙が役者のひとつの評価だった。
 声は芝居の原点です。」

櫻香「佐藤先生や新蔵先生の中で経験した人生、舞台経験も全部加味して、
 文章の中の言葉の端々に現れてくると思います。
 『これが能や狂言の時代の言い方、イントネーションなんだな』
 『これは歌舞伎的だな』と、匂いが感じられるはず。その時代時代の、
 ほとばしるエネルギーを狂言や歌舞伎の世界からも感じて頂けます。」

平成27年11月7日「秋のむすめ歌舞伎公演」 演目「清元 保名」(名古屋能楽堂)

 

「平家物語で思い出す」十二代目市川團十郎さん

演者の市川新蔵さんは、2013年に白血病の闘病を経て亡くなった
歌舞伎俳優・十二代目市川團十郎さんの一番弟子。
また、市川櫻香さんは1983年に「名古屋むすめ歌舞伎」を設立し、
團十郎さんの指導を受けて市川宗家より市川性を許されている。

團十郎さんは闘病中、三升屋白治(みますやはくじ)というペンネームで、
平家物語を題材にした演目「熊谷陣屋」の“その後”を描いた脚本「黒谷」を
初脚本として執筆し、結果的に遺作となった。
「熊谷陣屋」の幕切れでは、我が子を犠牲にした主人公の
熊谷次郎直実が出家するが、「黒谷」はその続きにあたる。
團十郎さんと櫻香さんは、この新作「黒谷」を2009年に「市川櫻香の会」で
舞踊劇として上演した。

――「平家物語」に関する十二代目との思い出はありますか?

新蔵「亡くなる最期の『熊谷陣屋』は本当によかったね。
 亡くなる1年前の国立劇場で演じた熊谷次郎直実。
 その頃、闘病中に書いたのが『黒谷』です。」

櫻香「私はあれから平家物語を読むようになったんです。
 十二代目團十郎先生の熊谷陣屋が大好きで、よく質問していました。
 『どうして熊谷は奥さんを残して、剃髪して、勝手に行っちゃうの?』と。
 『市川櫻香の会』をさせていただく許可を得た時に、
 『熊谷があの後どうなるのか、後編(のちへん)をお願いします』と
 お願いしたんです。

 先生は病室で、『黒谷』を初脚本として執筆してくださいました。
 平家物語の他の演目も前後に並べて仕立て直し、
 “オール丸ごと平家物語”として上演しました。」

――今回の語りの題材を「平家物語」にしたのは、
 やはり思い入れがあるからでしょうか?

櫻香「平家物語ありきです。必死に取り組んで考えたお芝居は
 あの時(黒谷)が初めてでした。
 團十郎先生には『義経千本桜』の通し稽古を見て頂いたこともあり、
 平家物語とは離れられない。もっと平家物語を学びたいと思いました。」

 

実は愛知県とゆかりがある「平家物語」

――名古屋でこうした試みを行うのは初めてですか?

櫻香「名古屋では初めての古典芸能のコラボレーションです。
 朗読を本業とする浄瑠璃語りや朗読家でもない、
 『伝統芸能の演劇人が語る』というのは初めてです。」

奥山「実は平家物語は、ものすごく名古屋と関わりが深いんです。
 清盛の負ける相手・源頼朝は愛知県(尾張国)生まれですし、
 源頼政の家来の渡辺競(きおう)も徳川家康や尾張と関わりがあります。
 今回の平家物語で、みなさまの住んでいらっしゃる地域に
 目が向くのではないでしょうか。」

平成29年12月10日「冬の日」 演目「新道成寺」(名古屋能楽堂)

 

声に出して読みたい「平家物語」を“聞き”にきてほしい

――最後に、公演を楽しみにしているお客様へメッセージをお願いします。

奥山「平家物語より前の源氏物語の時代から、
 集団で読書をする場があったそうです。絵巻を前に置いてみんなで囲み、
 上手な人がそれを読み上げて、聞きながら楽しむという方法です。
 これは体に染みると思います。
 今回の公演も『声に出して読みたい平家物語』になっています。」

櫻香「読むだけだと思っている『語り』にどれだけ魅力があるか、
 ぜひ感じてほしいです。」

佐藤「ぜひ“聞き”にきてください。直に生の声で語ることを
 ぜひ楽しんでいただけたらと思います。」

新蔵「原文が難しいので、噛まないように。
 それだけを一生懸命やります(笑)。」

古典芸能の一流が集う「平家物語『語る』」。
声と語りに込められた思い、脈々と受け継がれた芸の技を、
ぜひ耳と肌で感じていただきたい。

平成30年11月24日「秋の日」 演目「花の香」(名古屋能楽堂)

 

公演案内

「平家物語『語る』」~歌舞伎、狂言、長唄の流派を超えたコラボレーション
主催:日本の伝統文化をつなぐ実行委員会
協賛:リンナイ株式会社、株式会社本草閣
公演:愛知県、名古屋市
日程:2019年9月28日(土) 
会場:愛知県芸術劇場小ホール
出演:歌舞伎役者 市川新蔵、狂言師和泉流 佐藤友彦、長唄吉住流 吉住小三代、市川櫻香
※文化庁「文化遺産総合活用推進事業(地域文化遺産活性化事業)」採択「中京歴史文化遺産活性化事業」
チケット申し込み:https://hcaichi.amebaownd.com/posts/6756925/お問い合わせ:日本の伝統文化をつなぐ実行委員会
       所在地 〒460-0012 愛知県名古屋市中区千代田3-10-3
       電話 052-323-4499、 FAX 052-323-4575
       MAIL info@musumekabuki.com
       HP https://hcaichi.amebaownd.com/

 

著者:コティマム(ライター)

30代1児の母。元テレビ局の芸能記者。東京のマスコミ業界で10年以上働く。現在は在宅のフリーライターとして、育児と両立できる「新しい働き方」を模索中。在宅やフリーランスの働き方について、ブログ「コティマガ」でつづっています。
ブログ「コティマガ」:https://cotymagazine.com/